第一章8「引きこもりの卒業?」
ぎこちない手付きでお茶を淹れ、クラインの前へと出す。
「美味しいよ、ルウシェ。今まで飲んだどのお茶よりも」
「ふぁ……っ!? そ、そんな……お、恐れ多いです……っ!」
一口飲んだクラインの真っ直ぐな視線に、ルウシェはブンブンと首を横に振り返事をする。後ろではピィちゃんが「素直に喜べば良いのに」と羽をバタつかせていた。
そんな、不器用ながらも愛おしい時間が流れていた、その時だった。
――バァンッ!!!
時計塔の扉が、大きな音を立てて撥ね開けられた。
息を切らせて飛び込んできたのは、クラインの付き人であるレイン・サージェスだった。その表情は、いつもの余裕が一切無い。
「クライン様、報告です! この学校の防壁が破られました!」
「一体何が起きた」
クラインが鋭く問い返すと、レインは信じられないといった様子で唇を震わせ何が起きたかを話す。
「……魔族の襲撃です。それも、小規模な襲撃ではありません。このままだと、学園を包囲される可能性があります……!」
「えっ……!?」
その報告を聞いた瞬間、ルウシェの脳内に、前世の記憶『ロマンティック・ウィッチ』のイベントが思い出される。
(魔族の襲撃……!? それって、条件を満たさないと起きない戦闘イベントだったはず。なんで今起きてるの!?)
本来であれば、主人公が攻略キャラ達全員と顔見知りになった際に起きるイベント、つまり逆ハーレムルートイベントが突如として発生した。
明らかに違うシナリオの展開。だが、混乱している暇はなかった。窓を開けると外が徐々に黒く重苦しい雲に覆われていき、学校の中庭へと魔族の群れが迫って来ていた。
「……ルウシェ」
クラインは席を立ち、驚きで固まっているルウシェの前に膝をついた。そして、小さく震える手を、両手でしっかりと包み込む。
「俺は外の様子を見てくる。君は、絶対にここから出ないでくれ」
「ク、クライン様……?」
「大丈夫だ。ルウシェは、ここで待っていてくれ」
今度は自分が彼女を護る番だ。クラインはルウシェに優しく微笑むと、剣を握り締め、レインと共に時計塔を駆け下りていった。
残されたルウシェは、クラインに触れられていた自分の手をじっと見つめた。
「クライン様、随分と格好いいこと言って行っちゃいましたけど……」
ピィちゃんが真剣な顔で水鏡を見覗く。
学園の広場が映る水鏡には、すでに黒い瘴気に包まれ、圧倒的な数の魔族が押し寄せていた。いくらクラインが天才騎士だとしても、まだゲーム序盤の装備で太刀打ちできる相手ではない。
「……ヤバいよね、あれ」
いつも以上にクラインを心配するルウシェ。
「今のクライン様じゃ恐らく厳しいイベントなはず。……っていうか、私の推しが死んじゃう。そんなバッドエンド、私が絶対に許さない……!」
先ほどまで赤面して縮こまっていた少女の姿は、そこにはなかった。
ルウシェは愛用の杖を強く握りしめると、窓枠へと足をかける。
「ピィちゃん、加勢に行くよ! ここからじゃ魔族のみを倒すのは難しい」
「宜しいのですか、クライン様に待つ様に言われていましたが……。それに、外の世界に踏み出すのですか?」
「言われたけど、私は……推しが死ぬかもって時に何もしないのは嫌だ! 外に出るのだって本当は怖い……。でも、私は助けたい!」
これでも私はゲームのヒロインだ。訳あって時計塔に引きこもっているが、「神羅万象の魔法」を秘めた大魔法使いなのだ。
「……分かりました。それなら、私はお嬢様のサポートに回りましょう。バックアップはお任せ下さい」
「うん! ありがとう、ピィちゃん。それじゃあ、行こう!!」
そして、彼女はついに外の世界へと飛び出したーー。




