第一章7「変わり始めた引きこもり」
「悪いが、お前をあの時計塔へ連れていくつもりはない」
自分でも驚くほど、低く冷ややかな声が出ていた。
レインは目を見開いたが、すぐにいつもの穏やかな表情を浮かべた。
「おや。私をルウシェ様から遠ざけようとされるとは。随分な独占欲ですね、クライン様」
「違う、彼女は極度の人見知りだ。……俺以外の人間を急に近づくのは早いと判断しただけだ。別に、独占したい訳じゃ、ない……」
そう言い訳を並べ立てるクラインの耳は、うっすらと赤く染まっていた。
口では「彼女のため」と言いながら、本心ではレインをルウシェに会わせたくないだけなのだと。
「……まぁ、冗談はさておき。主の想い人の邪魔をする程、私は野暮ではありませんから。ただ、これだけは覚えておいてください。慕うのは自由ですが、それだけ『弱み』が増えるという事でもあります」
レインは先程までとは違い、彼の従者として真剣な眼差しで言う。
「クライン様は、この学校でも注目の的でりミストレイク家の次期当主。貴方が一人の少女に好意を寄せていると周囲に知れれば……そのあたりは、お忘れなきように」
「……分かっている」
クラインは拳をぎゅっと握りしめる。
ミストレイク家は騎士の家系であり、代々、王国に仕えている。貴族社会においても婚約者になりたい家柄や弱みを握り付け込みたい者もいる。
「まあ、お話を聞く限りルウシェ様は相当お強い様ですが」
「そう、だな。だが、守られてばかりでは男が廃る」
彼女は魔術師としては、確かに強い。けれど、一人の女性だ。だからこそ、隣に立つにふさわしい男にならなければ、と改めて胸に誓うのだった。
◇◇◇
「クライン様、また来てくれるかな……。今日はお茶の葉、一番いいやつ用意してみたけど……」
時計塔の最上階。
今日は朝からずっと、そわそわと部屋の中を行ったり来たりしていた。
手元には、ピィちゃんに「毎回来て頂いてるのに、お茶の一つもないのは失礼」と言われ、最高級の茶葉とクッキーの缶を用意したルウシェ。
「大丈夫ですよ、お嬢様。ここ最近のお嬢様はとても良い方向に進んでいますし」
ほぼ毎日やって来るクラインに対し、未だに会話は上手く行かないが、布団から出て挨拶くらいは出来るまでには成長をしていた。
コツ、コツ――
「ひゃ、ひゃうあ……! き、来た……! ピィちゃん、私の服おかしくない!? 髪型は大丈夫!?」
「バッチリです。というか、昨日から何回そのやり取りさせる気ですか。さあ、笑顔で『いらっしゃい』ですよ!」
「わ、分かってるよ! ピィちゃんと会話の練習もしたんだから!」
コン、コン――
控えめだが、はっきりとしたノックの音が部屋に響く。
ルウシェは心臓が口から飛び出そうになるのを必死に抑え込みながら、ぎこちない動きで扉を開けた。
「あ、あの……! く、クライン様! い、いらっしゃ……ましぇ……っ!」
ガチガチの接客モードで出迎えてくれたルウシェの姿を見て、クラインは昨日よりも更に柔らかい笑みを浮かべた。
「今日も君に会いに来た。……入ってもいいかい?」
「は、はひっ! ど、どうぞ……! 今日は、あの、お茶を……お茶の、練習しました……!」
言葉のキャッチボールの練習がお茶の練習になってしまっているルウシェを、後ろからピィちゃんが「あらら」という顔で見守っている。
しかし、クラインにとっては、その一生懸命な姿が愛おしかった。
「ありがとう。君が淹れてくれるのか、楽しみだな」
「で、で、ては……!」
自分の恋心を自覚したクラインは、顔から湯気が出そうなほど真っ赤になりながらお茶を入れる彼女を見つめる。
二人の距離は少しずつ、縮まっていく中で、学校の裏で蠢く影がある事を、今の二人はまだ知る由もなかった。




