第二章12「兄登場と騎士団長」
闘技場の中央では、猛攻が続いていた。
ジェイドの剣が狂暴な弧を描き、空気を切り裂く。クラインの剣は、それを防ぐたびに悲鳴のような金属音を上げていた。
「これで終わりだッ!」
ジェイドが咆哮とともに、渾身の力で剣を振り下ろす。誰もがジェイドの勝利を確信した、その瞬間――。
カキィィィィィィンッ!!
二人の剣が空を舞い地面に落ちる。
「……ッ!?」
「な……なんだ!?」
二人の間には、一人の男が立っていた。
白銀の髪に、吸い込まれそうなほど深い青の瞳。手にした美しい大剣があり、流れるような動作で鞘へと収められていく。
「そこまでだ、二人とも。これ以上は命を落としかねない」
穏やかでありながら、芯の通ったよく響く声。
その姿を見た瞬間、闘技場での戦いを見に来ていた生徒たちが騒ぎ始めた。
「ア、アルス・ホワイト団長……!?」
「本物の、王国騎士団長だ……!!」
そこに現れたのはルウシェの年の離れた実の兄であり、クラインやジェイドら特級騎士クラスの生徒全員が憧れてやまない存在。
アルス・ホワイトだった。
「お兄ちゃん……!?」
ルウシェが驚きに目を見張る。なぜここに、と戸惑う彼女を余所に、アルスは二人を交互に見つめ優しく微笑んだ。
「素晴らしい打ち合いだった。ジェイドの剣も、クラインの紙一重の踏み込みも見事だ。……だが、君達はまだ生徒なんだ。怪我をしては元も子もないからね。この勝負、引き分けということで俺が預からせてもらうよ」
「……チッ、仕方ねえな」
ジェイドは悔しそうにしながらも、憧れの眼差しを隠せずに剣を引いた。クラインもまた、荒い息を吐きながら剣を収め、深く一礼する。
「……御意に。未熟な姿をお見せしました、アルス団長」
「いいや、良い刺激をもらったよ」
アルスは爽やかに笑うと、くるりとルウシェの方を振り返った。その瞬間、彼の纏う空気が「王国騎士団の団長」から「ただのシスコンの兄」へと急変する。
「ルウシェーーーッ!
会いたかったよ、我が愛しの可愛い妹!!」
「えっ、ちょっ、なに!?」
アルスは周囲の視線も、己の立場も、何もかもを置き去りにしてルウシェへと突進した。王国最速のフットワークが、まさかの妹への抱擁のために発動される。ルウシェはすんでのところでそれを回避したが、アルスは全く気に留める様子もなく、両手を広げたまま満面の笑みを浮かべた。
「なんでここに、お兄ちゃんがいるの?!」
「実はね、近々『騎士の遠征演習』の授業に、王国騎士団の俺がが直々に同行することになってね!
その打ち合わせにで来たんだ。……まあ、俺的には、ずっとルウシェ補給ができていなかったから、君に会うために来たんだけどね!」
「……王国の騎士団長が、そ、そんな私情で、動かないでよ……」
そう、このアルス・ホワイト、全騎士の憧れの的でありながら、身内からは『紙一重の変人』『極度のシスコン』として有名。
少々……いや、かなり変わった兄なのであった。
「冷たい妹も可愛いなぁ!」
「……」
無言で見つめるルウシェに、やれやれと言いながら歩み寄ってきたのは、アメリア先生だった。アメリア先生はアルスの暴走を慣れた様子でルウシェに向かって苦笑いを見せた。
「相変わらずお兄様にベタ惚れされてるね〜〜。王国最強の騎士をそこまで骨抜きにするなんて、さすがはうちの可愛い生徒だ」
「ア、アメリア先生、からかわないでください……っ!」
シスコンな兄への恥ずかしながら引きつった笑みを返すしかなかった。周囲の生徒達からは「あのホワイト団長にそこまで溺愛されるなんて……!」と羨望の眼差しが向けられている。
ハラハラした緊張から解放され、状況を整理し始めたルウシェの脳内では。
(え、待って。情報量が多すぎて処理が追いつかない……!!)
視線の先には、息を整えながら乱れた前髪を無造作に掻き上げるクライン。
そして、「次は負けねえ」と首の骨を鳴らし、汗の滴る鎖骨を惜しげもなく晒すジェイド。
さらにそこへ、圧倒的クオリティで降臨した白銀髪で青眼のイケメンな兄のアルス。
(な、何これ!? 特級騎士のツートップだけでも熱いのに、そこに現役最強の騎士団長の兄が参戦とか、どんな神イベント!?
しかも『遠征の授業に』って……!?
つまり、これからしばらくの間、美男達を遠くから眺められる!
また隠密バフで応援出来る……神様、有難うございます!!)
クラインと出会ったから、尊さの過剰摂取に、ルウシェは引きこもり生活が無くなり掛けていた。
普通の人間でれば外に出る事はいい事なのだが、彼女にとっては陰で応援する事が一番の平穏なのだ。
「ルウシェ様、ガッツポーズなんてしてどうしましたか?」
「ふぇっ!? い、いえ、何でもありません!
私が平穏が帰って……じゃなくて、王国騎士が同行する遠征なんて凄いな〜〜、と……!」
隣で本気で尋ねてきたレインの視線を浴びながら、ルウシェはこれから始まる「遠征」への期待に再びオタクの心をどうにか隠すのだった。




