第二章11「見守ることも大事なこと」
「――始め!」
アメリア先生の快活な声が闘技場に響き渡った瞬間、空気が爆発した。
ザッ!!
合図と共に、地を蹴ったのはジェイドだった。髪を激しくなびかせ、大剣を構えて突進する。対するクラインは、微動だにしない。
正面から受けながらも、相手の動きを正眼に捉え、極限まで集中を高めていた。
「チッ、相変わらずお上品な剣技だな!」
火花が散り、金属音が辺りを震わせる。攻めるジェイド、隙を狙うクライン。特級騎士の名に恥じぬ攻防が展開されていく。
「……凄い。これが、本物の特級騎士の戦い……」
ルウシェは先程の反省もあり、拳を握りしめて二人の無事を祈るように見つめていた。クラインの「護りたい」という言葉が、胸の中で優しく熱く燻っている。
しかし――。
戦いが激化し、二人のボルテージが最高潮に達するにつれ、彼女の脳内のスイッチが再びカチリと音を立てて入ってしまった。
(待って、今のクライン様の流れるような動きは!? 凄っ! ……ていうか、ジェイドの服! 激しい動きで上着の合わせ目がはだけて腹筋が見えてる!
やばぁ……有難うございます!!)
息を呑むような死闘。されど、その一挙手一投足はあまりにも美しく絵になりすぎていた。
(神作画が……背景の魔力エフェクトの作画コスト高すぎでしょ!
尊い、尊すぎて息が苦しい……!)
「ルウシェ? 顔色が悪いですが……やはり、心配ですか?」
隣のレインが、ルウシェがプルプルと震えている姿に、再び心配そうに声をかけてくる。
「え! ……あ、は、はい平気です」
「大丈夫ですよ、クライン様を信じましょう」
勘違いしているレインはルウシェに、心からの信頼を込めて頷いた。
しかし、戦況は次第に傾き始めていた。
一撃の重さで勝るジェイドの猛攻が、徐々にクラインの防御を削っていく。激しい金属音と共に、クラインがじりじりと後退させられていくのが分かった。
「どうしたクライン! オレを叩き伏せるんじゃなかったのかよ!」
ジェイドの追撃がクラインの肩口をかすめ、服が切れる。
「クライン様……!」
ルウシェの顔から血の気が引いた。このままではクラインが負けてしまう。気づけば、彼女は無意識に両手を突き出し、体内の魔力を練り上げていた。
(私の魔法なら、クライン様の傷を癒して、身体能力を何倍にも引き上げられる……っ!)
ルウシェの得意魔法の一つ、隠密強化魔法。隣にいるレインやアメリア先生にバレずに掛けようとした、その時。
(――違う)
ルウシェの動きが、ピタリと止まった。
(……私は、何をしようとしているの?)
ハッと我に返り、自分の両手を見つめる。
クラインは今、自分のプライドと誇りの全てを懸けて、ジェイドと一対一で対峙している。ルウシェを「護りたい」と願い、ボロボロにながらも前を向いている。
(こんなこと、クライン様は絶対に望んでない……!)
ここで自分が介入して勝たせたとして、それは本当の勝利なのだろうか。クライン、そしてジェイドの覚悟を、自分の我が儘で汚してしまうのではないか。
「……っ」
ルウシェは奥歯を噛み締め、ぎゅっと胸の前で手を組み直し祈るような真剣な瞳で再びステージへと視線を戻す。
隣で彼女の一連の動きを見ていたレインも心の中でクラインが勝つ事を祈る。
(クライン様、頑張って……)
前を向いたまま、凛とした声で告げるルウシェ。その瞳には、もう魔法を使い助けようとした彼女はいなかった。




