第一章2「隠密強化魔法」
前世のルウシェは人間関係のトラウマを抱え、今や生身の人間を前にすると「あ、う、あ」となってしまい、上手く喋れなくなる重度のコミュ障になってしまった。
ただ一つ『推し活』に関してだけは話が別だ。
「見てピィちゃん、あの流し目と敵を睨みつける冷徹な瞳!
でも、実は無理して学校の平和を守ろうと一人で抱え込んじゃう不器用キャライベ直前なんだよ、これ……!
あぁ、愛おしすぎて心臓がドキドキしちゃう!」
「はいはい、お嬢様。血圧上がってますよ。あと『作画』とかいう前世の謎言語を使うのはおやめください。それと、推しが尊いのは結構ですが、状況は普通にピンチのようですよ」
ルウシェの肩にちょこんと乗ったのは、彼女が退屈しのぎに生み出した精霊のピィちゃん。
愛らしい小鳥の姿をしているが、中身はルウシェのオタク用語を完璧に理解した相棒である。
ピィちゃんの言う通り、水鏡に映るクラインは息を切らしていた。
いくら天才とはいえ、十数匹もの上位魔獣を一人で相手にするのは無茶がすぎる。
「しまった……!
後ろからもう一匹――!」
クラインの死角から、巨大な爪が迫る。
それを見た瞬間、ルウシェの目がガタッと見開かれた。
「――っ、私の推しに傷一つ付けさせてたまるかぁぁぁ!!」
ルウシェは毛布から出て、空間に凄まじい密度の魔法陣を展開する。
本来なら数人がかりで数十分の詠唱を要する神級の『隠密強化魔法』だ。それを彼女は、ノンタイム・無詠唱で発動させた。
「私の代わりに推しを全力で護れぇぇぇ!!」
ドォン! と時計塔の窓から放たれた魔力光弾が、一瞬で裏山へと着弾する。
◇◇◇
「……くっ!」
背後からの気配に気づいたクラインは、回避が間に合わないことを悟り、歯を食いしばった。
しかし、衝撃は来ない。
それどころか、自分の身体の内側から、未だかつて体感したことのない『超絶的な力』が湧き上がるのを感じた。
(なんだ、この感覚……!?
身体が軽い。魔力が十倍……いや、それ以上に膨れ上がっているだと……!?)
身体を包む、温かくも圧倒的な光の加護。
クラインの瞳に鋭い光が戻る。彼は剣を握り直すと、一閃。
ただの横薙ぎの一撃から放たれた衝撃波は、迫り来る魔獣・ギガントウルフの群れを一瞬で、跡形もなく吹き飛ばしてしまった。
「……終わった、のか?」
静まり返る裏山で、クラインは己の手を見つめる。
これで何度目だ。
最近、自分が危機に陥るたび、どこからともなく『護りの加護』が飛んできて、護ってくれる。ただ通常の加護とは違い、魔力を向上させる能力も入った、もはや神の領域レベルの魔法。
(誰かが、俺をずっと見守っているのか?
それにこの魔法は一体……)
クラインの胸に、正体不明の救世主への強い執着と、微かな熱が宿りはじめていた。




