07
「とりあえずオレも、オマエがこの街に危害を加えるつもりがないと判断することにした」
行動で示されたならば了解するしかない。
それでも渋々といった感じで、猜疑心を抑え込んだヨーゴは自分の意思を、隣を歩くカガヤに伝えた。
「ボク、最初からそう言ってません?」
「そうだったか?」
「……まぁそれはいいです、それよりも聞きたいことがあります」
「なんだ」
「どうしてベゴサウルスを放置しようとしたんですか」
「あー……そりゃ気になるよな」
ヨーゴは眉間にシワをよせながら、頭をポリポリと掻いた。どう答えるべきか悩む疑問であったからだ。
「この街の基本方針として怪獣が来た際には、余計に刺激せず過ぎ去るまで放置する……そうしたほうが被害も最低限に抑えられるからな」
「あの女の人がいるのに?」
「あの女がいるからこそだ……ジンハって女は、血を長く見続けるとヤバいんだ。怪獣を見逃そうとしたのも血が出すぎちまうからだ」
「……ヤバいとは?」
至極当然の疑問。
重要な部分があやふやなままでは納得できない。カガヤはもっと具体的な説明を欲しているのだ。
「……ハバ・ジンハって名前に聞き覚えは? ヴィラン界隈では有名だったんだが」
「すみません……師匠との修行で忙しくて、あまり世間を知らないんです」
「なら教えてやる。ハバ・ジンハって女は自分が理想とする平和のためなら民間人……それも女子供だろうと容赦なく拷問して、時には嬉々として民間人を虐殺する自称ヴィジランテのサイコヴィラン女だ」
「……やばっ」
「そしてヤツは理由もなくピースガイにタイマンを挑み、意識不明の重体にまで追い込んだ史上最悪の女だ」
地球育ちの宇宙人、ピースガイは地球最強のヒーロー。数多の怪獣を単独で屠り、侵略を目論む宇宙人達の襲撃にも何度も立ち向かい、そのたびに勝利を収めてきた完全無欠に近いヒーローである。
そんな英雄が、たった一匹の怪獣に完全敗北を喫したのはカガヤも知っている。師匠がチームメイトだったが故に、一般人よりも詳細に戦いの経緯を把握しているだろう。
しかしその件以外でピースガイが敗北したというのは、聞いたことがなかった。
「そんな嘘みたいな話は知りませんね」
「情報統制はあったが、それなりの噂にはなってたんだがな」
噂ごときで右往左往する人々は、見ていて滑稽だった……そんな昔のことを思い出し、ヨーゴは少しニヤけてしまう。
しかしすぐに表情を引き締めた。
「オマエも見た通り、今のジンハは正気を失っている」
「それはどうして?」
「誰かに薬を打たれた影響だ。どうやら何かマズイことを知っちまったらしい」
ヨーゴは「詳しいことはオレも知らない」と首を横に振る。彼自身もモヤついているのだ。
「んで、見境なく辻斬りしながら彷徨ってるところをオウイチロウさんが数多の犠牲の果てに捕まえたんだ……街の防衛に利用できるからな」
「どうやって指示聞かせてるんです?」
「言う事聞かせるための催眠術をかけてあるらしい……オウイチロウさんの部下に一人、そういうことができるヤツがいるんだ」
そう言ってからヨーゴは「話が逸れちまったか」と前置きしてまた話し始める。
見境なく辻斬りしていたという物騒な部分が気になったが、カガヤはとりあえず話を聞くことにした。
「血が流れ過ぎるとヤバいって話だったな」
「はい」
カガヤが頷くのを見て、ヨーゴは話を続ける。
「あのイカれ女は血を見続けると、たまに正気に戻っちまうんだ」
「……良いことでは?」
「普通ならな、あの女は普通じゃないって説明をしたろう」
「されましたが……具体的にどうヤバいんです?」
「具体的にと言われると困るな……正気のアイツはイカれている時より予測不能で、何をしでかすかわからんのがヤバいんだ」
そう言われ、カガヤは今聞いたジンハという女のエピソードを思い返す。
理由もないのに、人類が誇る最強ヒーローに挑み、殺しかけるまで追い詰めた。
正気の沙汰ではない……否、もはや沙汰の外だ。憶測だが彼女は常人には理解し難い思考回路と行動力を持っているのだろう。そう判断せざるを得ない。
「確かに……そうかもしれませんね」
正気に戻った時に何が起こるかわからない。
ただ血を見ただけで、怪獣よりも凄まじい災害が起こされるやも知れない。
ならば最初から、怪獣に手出ししない方が良いのかもしれない……なんてことを考えるカガヤに、ヨーゴは頷いて答える。
「あぁ、だからオレは戦わせたくなかったんだがな……オウイチロウさんが無理やり出撃させたんだ」
「何故です?」
「なんでだろうな、オレもわからん……あの人の考えはな」
なんて話をしているうちに、目的地のプレハブ小屋事務所に到着する。
扉の前には辟易した様子のホノンが立っていた。
「おうホノン、ちゃんと任務をこなしたな」
「……よりにもよってウチの見張り番ん時に、こんなトラブル起こるん最悪ですよ〜」
彼女はそれはもう深くため息をつく。本当に嫌なことだったらしい。
「今夜はしばらくオレが番をするから、ちょっと休んでろ」
「その件なんすけど……オウイチロウさんがウチらに話があるからって、今夜の見張り番は別のヤツに任せたって言ってましたよ」
「ん、そうなのか……オウイチロウさんはもう中にいるのか?」
「いらっしゃいますよ〜どうぞ〜」
ホノンがふざけた様子で扉を開け、ヨーゴとカガヤが中に入る。ホノンもその後にそそくさと中に入った。
「よぉヨーゴにカガヤ、それにホノン……こんな夜遅くに、疲れているだろうに来てくれてありがとう」
ヨーゴらが入室した瞬間、テーブルの奥の位置に座っていたオウイチロウは席を立ち、3人に礼として軽く手を振った。それに3人は軽く頭を下げて応じる。
「まぁそれぞれ適当に座ってくれ……椅子はそこに立て掛けてあるヤツを使え」
そう言われた3人はそれぞれ椅子を持つと、オウイチロウの前に椅子を設置して座る。
テーブルを挟んで1対3……まるで会社の面接のような位置取りになった。
右側からヨーゴ、カガヤ、ホノンの順だ。
「さて……まずはカガヤ、街のために頑張ってくれてありがとう」
「……はい」
労いながら笑いかけるオウイチロウに、カガヤはバツの悪そうな表情を浮かべて頷く。
褒められるようなことはできていないと自覚しているからだ。
「浮かない顔だな……まぁそうだろう、一人で自信満々に挑んで、何も成せなかった訳だからな」
「……見てたんですか?」
「お前の左隣にいるホノンが実況して、状況を伝えてくれてたんだ」
「……遅くなりましたが、はじめましてカガヤさん、ホノンですどうも〜」
「……どうも、カガヤです」
二人は気まずそうに顔を合わせ、頭を下げて礼をする。
カガヤとしては恥ずかしい部分を見られていた。ホノンはそれを見て報告していた……互いになんとなく居心地が悪いと感じてしまう。
しかし二人のことはお構いなしに、オウイチロウは話を続ける。
「で、だ……突然なんだが、お前達3人に頼みたいことがある」
「頼み?」
ヨーゴが不思議そうに問いかけると、オウイチロウは少しだけ笑って答えた。
「西方面へ調査に行くことだ……順を追って説明しよう」
オウイチロウは机に肘をつき、両手の指を組んで話し始める。
「まずは撃退したベゴサウルスのことなんだが、ヤツは縄張りがある西から来たクセにまったく別の、あさっての方角に逃げていきやがった」
「そうなんですよ〜、妙ですよね〜」
ホノンはオウイチロウの言葉に同調し、首をかしげた。
「えっと……ホノンさんでしたっけ? 戦いの推移を見ていたんですか?」
「見てましたよ〜、仕事だったもんで〜」
カガヤの問いかけに、ホノンは素直に答える。
「んなことよりベゴサウルスだが、あの怪獣は縄張りを離れることは滅多にない……狩りは縄張り内に入ってきたヤツを狙うタイプだからだ」
話が逸れることを予感したオウイチロウが無理やり話のレールを戻す。
「なのに今回、ベゴサウルスが縄張りから出てきたどころか離れていくルートに逃げていった」
「それに、そもそもヤツはユウレン……ピースガイの圧力で街に近寄ってこないはずですよね」
ヨーゴの付け加えにオウイチロウは静かに頷く。
「この街に来るはずがないベゴサウルスが、何故やって来たのか……それをお前達に調査してもらいたい」




