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05

 怪獣の歩行によって発生する特有の震動で、近づいて来ているのがわかる。

 西門に到達したカガヤは深呼吸して、魔術の発動準備をし始めた。

 東西南北の各門は廃バスを門代わりに閉じられている。それを動かして開ければ外。

 人手を募ろうにも避難は完了しており、周辺に人はいない。

 そもそも人力でヨイショヨイショと動かしている暇などない。

 もうすぐそこに脅威が迫ってきているからだ。


「ふっ……おぉぉぉら!」


 自身の内に秘める生命力を魔力へと変換し、多量に体外へと放出。門代わりのバスを包み込んだ。

 そしてそれらの魔力を操ることで、バスを無理やり移動させる。

 カガヤ的には魔術と言うにもおこがましい、魔力を扱った超初歩的技術であった。

 魔力は無色透明。何も知らない人間には、サイコキネシスのような超能力が発動したとしか思わないだろう。

 しかしこの程度はまさに序ノ口。魔術の本領はまだまだこれから。

 師であるボルケーノ・ウィッチから教わったことを今ここで実践する。

 そうカガヤは意気込んで、門から街の外へと飛び出した。


 飛び出した先……約100メートル前方。

 トゲトゲとした赤黒い鱗に覆われた体表と、背中にある甲羅が特徴の……猫背だが二足歩行をする太ったワニといった見た目の怪獣がいた。


「BEGOOOOM……!」


 人類が付けた名は、古代暴獣ベゴサウルス。

 50メートル級の巨大怪獣だ。

 肉食であり、恐竜のような獰猛そうな顔つきをしており、鼻先に小さく白い角がある。

 長く細い尻尾は体長の半分、25メートルという驚異的な長さをしている。その長い尻尾と強靭な足腰でバランスをとっているのだ。


 人間とは全く違う生物……その大いなる姿にカガヤは立ちすくんでしまう。


「気張れ気張れカガヤ、連中に師匠みたいに強いってところを見せつけてやれ」


 口で強気にそう言いつつも、自然と膝が震える。嫌な汗が全身から染み出てくる。

 全身の細胞が怖じけているのだ。本能的な恐れが、身体の反応を促進しているのだ。


「クソっ……」


 ガクガクと勝手に震える両膝を叩き、無理やり震えを止める。


 カガヤは怪獣と戦う際、いつも師匠の援護をしていた。

 この街に来るまでの一人旅の間は逃げに徹していた。余計な体力を消耗しないようにするためだ。

 つまり……正面からタイマンでマトモに殺りあったことがないのだ。


 なのに大見得切ってこの場に立ったのは、オウイチロウに恩を売るため……ではない。

 純粋に、人々が住んでいる街が破壊されてしまうのを見過ごせなかっただけだ。自分の目で見た場所を、理不尽に破壊されたくなかっただけなのだ。


「BEGOOOOOOOOON!」


 立派とされるであろう彼の決意は、ベゴサウルスの咆哮によって恐怖にアッサリと上書きされた。

 距離はまだ100メートル離れている……だが50メートルの体格の怪獣には至近距離に等しい。


 ベゴサウルスが一歩、ドシン……と地面を揺らして踏み出した。

 何気ない一歩。それにカガヤは意識せず、3歩ほど後ろに下がってしまう。

 完全にビビっていた。どうしても身体は反応してしまうのだ。


「バカかボクは……やるって決めただろ」


 両手で頬をバチンと叩き、気つけする。

 ここで後に引けば、つかの間の安全は得られるだろう。それは彼の望むところではない。


 なので彼は両腕の先に赤い魔法陣を出現させ、体内で魔力を生成したそばから、小さな魔法陣にソレを蓄えていく。

 最初から全力でいくつもりだ。

 

「『我が求めは陽光の槍撃』」


 わずかに震える声で、魔力をコントロールするための呪文を唱えながら、カガヤは魔法陣が付随する両腕を前に突きだした。


「『眼前の影を撃ち抜け』『炎天槍(エンテンソウ)』!」


 長さ2メートルの炎の槍がカガヤの声と共に、彼の腕の先の魔法陣にて作られ、即射ち出された。形成から射出までの速度は、時間にしてコンマ7秒ほどであった。


 ベゴサウルスへ音速に近い速度で飛ぶ炎の槍。

 瞬きする間もなく、右脚上部に直撃する。


 ――バクォオオン!


「BEGOAAA!?」


 突然の熱と衝撃に痛みを感じたらしいベゴサウルスは本能的に後退した……といっても、たった1〜2歩、後ろに下がらせただけ。距離にして5メートル程度。

 戦略的にほとんど意味のない攻撃であった。

 カガヤは自身の練度不足を実感する。いつか見た師匠の一撃は怪獣を横転させていたからだ。

 しかし通用しないと嘆いている暇はない。もう戦いの場に来て攻撃を仕掛けた。直ちに次の攻撃に移らねばならない。


「『我が求めは陽光の槍撃』『眼前の影を撃ち抜け』『炎天槍(エンテンソウ)』!」


 恐らく有効打ではないだろう。何度全力でやっても致命傷には至らない攻撃。浅い傷をつけるのが精々だった。

 だが痛がらせ、後ろに下げられる。つまり少しでも街から距離を稼げるということ。

 次の手を考えるまでの繋ぎとして、とりあえず射たない選択肢はなかった。

 

 ――バクォオオン!


「BEGOOOOOM……」


 ――バクォン……!

 ――バクォン……!


 炎の槍を連発し、爆裂する鏃を射ち込んでいく。

 しかしベゴサウルスも慣れてきて、効果は次第に薄くなっていく。

 決して致命傷には至らない、少し痛いだけの攻撃など我慢すればいいだけ。

 そう考えたかは不明だが、ベゴサウルスは射ち込まれても一時的に止まるだけで後ろに引かなくなっていく。


「BEGOOOOOOOOOOOOM!」


「クソっ……!」


 10発ほど射ち込んだ時にはもう、何事もないかのようにベゴサウルスは前進を続けるようになった。

 まだ次の手を考えついていない、どうすればいいかわからない状態。

 カガヤはパニックに陥りそうになっていた。過信して、何事も甘く見積もりすぎたせいだ。


「クソっ……クソっ……」


 戦闘中だというのに自己嫌悪してしまうカガヤ。

 目の前にいる怪獣ベゴサウルスは、ただ歩いているだけ。攻撃行動すらしていない。

 要するにカガヤは敵だと認識されていないのだ。いいとこ厄介な障害物程度の認識だろう。


 足止めもできなければ囮にもなれず。

 ちょっかいを仕掛けただけで戦いにすらなっていなかった。


 怪獣の被害を止めたかった。その思いは本当であった。

 しかしこれでは、なんのためにヨーゴの制止を振り切って出てきたのか、わからない。


 カガヤは悔しさで唇を噛む。

 先程から連発していた魔術は一番得意としていた魔術で、威力に関しても自信があった。

 それが通用しなかった今、もうできることは何もないだろう。

 もちろん使える魔術は他にもある。しかし戦闘経験が足りていないせいか、結局何のアイデアも思いつかない。


 つまり己の実力を過信していたのだとカガヤは痛感した。思い上がっていたのだ。

 自分なら戦えると大口を叩いてこのザマ……とんでもない思い上がりであった。ロクな経験もないくせに出しゃばってしまった。

 ヒーローとして絶対に必要のない、無駄なプライドがそうさせた……愚かにも程がある。


 師匠はもっと強く、上手く戦っていたのを思い出しながらカガヤはベゴサウルスに背を向ける。

 そして悔しさを胸に、涙目になって走り出す。 魔術の使用により常人よりずっと速く走っていることで、惨めさに拍車がかかった敗走となっていた。

 実力も覚悟も足りない戦士が、泣きじゃくりながら、死を恐れて逃げている……太古の昔からままあった事例である。


 彼にとって何より苦痛なのは、正面を向いて走ること……つまり街に向かって走っていることであった。

 守る対象だった街に逃げ込む。その事実により、高く積まれていたプライドが崩れていく。

 そしてこのまま何もできずに、街が壊されていくのを見なければならない。


 悔しさで胸をいっぱいにしながら、カガヤは門をくぐって街へと入った。

 くぐった先には、ヨーゴが少し笑って立ちはだかっていた。


「数秒程度の時間稼ぎしかできなかったな、カガヤ」


「ヨーゴさん……!?」


 何故こんな危険な場所にいるのか、そういう疑問を投げかける前にヨーゴは言葉を続ける。


「それでもまぁ問題はない、充分だとも言ってやる」


「そんなわけが……」


「おかげで、ギリギリ街の外で撃退ができるかもしれんからな」


 ズドンッ――!


 地面が砕かれる音が、ヨーゴのはるか後方から聞こえてきた。


「ん……?」


 爆音の後、空飛ぶ人影が見えたカガヤは、ソレに見入ってしまう。

 ソレはヨーゴとカガヤの上空を通過し、ベゴサウルスへと放物線を描いて飛んでいった。


 かろうじて人影だとわかったカガヤが、アレは何です……と、ヨーゴに問いかける前にコトは起きた。


「BEGYAAAAAAAAAAAAAAAS!?」


 ベゴサウルスの胸部に、赤いバツ印が一瞬で刻み込まれたのだ。


「なっ……!?」


「この街の二人目の、動ける方の守り神だ……個人的には来てほしくないがな」


 動くことが期待できない抑止力だけで街を守ってきた訳がなく、ちゃんと防衛のための人材はいる。

 それをヨーゴはカガヤに見せつけた。


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