04
オウイチロウが去った後、カガヤは少し放心していた。
「……行くぞ、カガヤ」
「……はい」
声をかけられ我に返るカガヤは、ヨーゴの後ろをついてプレハブ小屋を出る。
話し合いをしている間に、日は落ちていた
街灯などは全て壊れているため、今日のように月明かりがない曇り空の夜の街は真っ暗だ。
所々に焚き火の光が見える程度で、周辺を照らす光源は何もない。
「とりあえずカガヤは、オレと一緒に来てもらう」
外で待機していた警備隊の男達に解散を命じた後、ヨーゴはそうカガヤに伝える。
この街に頼れる人間がいないカガヤは特に反対することもなく、彼らに従うつもりでいた。
「こっちだ」
「はい」
言うがままに素直に動くカガヤに、ヨーゴは不信感を抱いていた。
カガヤが強硬手段に出るのではないかと不安なのである。
そんなヒリついた雰囲気のなか、連れてきたのは監視塔であった。
玄関の扉を開き、中に入る。そして近くにある4人がけのロビーチェアをヨーゴは指差した。
「オレは今日、上の階で徹夜しなきゃいけない……だからオマエは今夜はあそこで寝ろ」
「……わかりました」
「もちろん監視は付ける。妙な真似をすれば直ちに殺す」
極めて単純な脅しに、気分が落ち気味であったカガヤは少しだけ笑う。
「何をニヤついてやがる」
「古典的な脅迫だなぁ〜と思って」
「ナメるなよ」
ヨーゴは眉間にシワを寄せながら、カガヤを視線で射殺さんばかりに睨みつける。
「オレはオマエが魔術を使う前に殺してやることだってできる……だから調子に乗るな」
「ボクぁそんなノロマじゃないですよ〜」
ニヤニヤ笑って応じるカガヤが、ヨーゴは気に入らない。ためしに一発殴ってやろうかと彼は思ったが、ここで戦闘が勃発するのは街のために良くないと考え、思いとどまった。
そして、まだ出会ったばかりで少ししか会話をしていないが……両者共に理解したことが一つある。
何かコイツとは気が合わない――ということだ。
「まぁいい、黙ってもう寝ろ」
「んー、せめて毛布くらい欲しいですね〜」
「チッ……持ってこさせるから待ってろ」
わざわざ聞こえるように舌打ちをし、腰に下げていたトランシーバーを手に取る。
面倒をみてやれというのが、上司であるオウイチロウ直々の命令である。それがなければヨーゴは誰かと交代していただろう。
ちょっぴり距離を置いてヨーゴはトランシーバーを起動し、それに話しかけ始める。
「聞こえるかホノン、オマエん所にある毛布なんだが……なに? もう一度言え」
トランシーバー間の会話が少しだけ聞こえる位置にいるカガヤは、何気なく聞き耳を立てた。
「怪獣……だと? 本当なんだな?」
『西方面からこっち来ますマジですヤバいっす』
「落ち着け、種類はわかるか?」
『えーっとベゴサウルスですアレは……とにかく警報鳴らしましょ』
「そうだな、了解した」
緊張した面持ちでヨーゴはトランシーバーを操作する。
「オウイチロウさん緊急事態だ、ベゴサウルスがこの街に向かってきている。警報を頼みます」
連絡を終えても、依然として彼の緊張の表情は解けない。それどころかしばらく続くだろう。
「聞こえていたか? カガヤ」
「怪獣のベゴサウルスが西から来てるって話ですよね」
「よし……だからオマエも避難してもらう」
そうヨーゴが言った瞬間、街に空襲警報に似た音がうるさいくらいに響き渡る。
「とりあえず外に出ろ。近くにシェルターがある」
「ヨーゴさん、ボクなら戦えます」
「馬鹿を言うな」
出会ったばかりの赤の他人に、街の防衛などという責任ある仕事を任せる訳がない。
至極、当たり前のことだ。
それに、いくらカガヤが強い魔術師であろうと単独で怪獣に立ち向かえるとは思えなかった。
しかしカガヤは諦めない。
「お願いします……ボクの魔術で怪獣を追い返してみせます」
プライドがあるからだ。世界一と信じる魔術師の弟子として、民間人の危機は見過ごせないのである。
しかしそんなことは、ヨーゴの知ったことではない。
「黙って避難しろ」
そう言って監視塔の出入り口たる扉を開き、ヨーゴは外に出る。カガヤもあとを追うようにして外に出た。
「彼らについていけ、確実にシェルターに辿り着ける」
ヨーゴが指差した先にいるのは、手ぶらに近い住民たち数十名。
街の住民達は警報の意図をすぐに理解して、速やかに避難行動に移っていた。怪獣に襲われる経験は何度もしているし、日頃から訓練もしているため本番で焦ることはない。
恐慌状態に陥って無駄に死ぬ愚かさを理解しているのだ。
「怪獣と戦う理由はない。台風のように、過ぎ去るまで待つだけでいい」
「街が破壊されてしまうじゃないですか!」
「あとで直せばいいだけだ。これ以上話している暇などない、さっさと行け」
ヨーゴはカガヤの背中を目一杯押す。
カガヤはよろけて転びそうになってしまうも、なんとか持ちこたえた。
そして振り向いて、ヨーゴの顔を見る。
「ボクはヒーローの弟子です、皆さんの住む街が壊されるのを見て見ぬふりはできない」
言い残し、カガヤはヨーゴから逃げるように、怪獣が来ている西へと走り出した。
「なっ……!? あの野郎っ!?」
不意を突かれたヨーゴは少し出遅れるも、すぐに追いかけていく。
走っている途中、彼は腰のトランシーバーを手に取って警備隊全員に連絡する。
「カガヤが怪獣に向かっていった。西方面だ。見つけたら直ちに捕縛せよ」
警備隊責任者として命令を出す。
余計な混乱を招く恐れがある人間を放置してはおけない。
『待て』
しかしオウイチロウの制止の声が、トランシーバーから聞こえてきた。
『彼のやりたいようにやらせろ』
ヨーゴにとっては信じられない言葉が聞こえ、思わず「は?」と間抜けな声を出してしまう。
そして立ち止まり、進言する。
「それは無駄な被害が出る可能性が高いです、直ちに捕らえるのが正しい選択かと」
『責任は俺がとる……命令だ、警備隊はいつも通り避難が遅れている者がいないかチェック。わかってるだろうが、住民の安全が最優先』
それから『以上だ』と言ってオウイチロウは連絡を打ち切った。
納得できているかと言われたら、そんなことはない。
だが命令とあらばヨーゴ含めて警備隊は従うことを義務付けられているし、そうすべきだと思っていた。
「……オウイチロウさん」
『ヨーゴか、なんだ?』
もう一度、トランシーバーを介してオウイチロウに進言する。
この件ばかりは、意見すべきだとヨーゴは判断したのだ。
「今まで貴方の判断に間違いはなかった……ですが今回のはさすがにリスクが大き過ぎます」
『そうでもないさ』
「……何故です?」
語気強めのヨーゴの言葉に、オウイチロウはあっけらかんとした対応をする。
まるで何もかもを見透かしているかのように、まったく動じていない。
『アイツは俺達に自分を売り込もうとしているはずだ……だからちゃんと戦力になってくれる』
怪獣を撃退するという大きな戦果を上げることで、自分を戦力として売り込み、先程の遺言についての交渉を有利に進めるつもりである……そうカガヤは考えているはずだと、オウイチロウは読んでいるのだ。
「憶測に過ぎないでしょう」
『まぁとりあえず観察してみようじゃないか、使える人材なら儲け物だ』
オウイチロウは企んでいるように笑う。その声はまさに悪党だった。
「……どうなっても知りませんよ」
ヨーゴはそう言って、通信を打ち切る。
そして避難状況をこの目で確認すべく走り出す。
もう文句を垂れても仕方がない……オウイチロウとの付き合いの長さで、経験でわかるのだ。
彼の意志はもう完全に決定している。何を言っても覆ることはない……と。
不安は残るが従う他ない。治安維持を目的とする人間が命令に反することなど、あってはならないことだからだ。




