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ロギバエッサが逃走した日の夜。
ピースガイの活躍により、バリケードタウンの被害はゼロに収まった。しかし住民達は不安に苛まれていた。
避難とは生活の放棄。それが頻繁にあり過ぎて日常と化しているため、ゆっくりと眠ることすら難しいのだ。
その不安を少しでも和らげるため、オウイチロウ率いる街の警備隊は日々尽力している。
深夜。北門入り口にて。
今まで利用していた監視塔は現在、倒壊の危険性があるため使えない。そのため街の外側を確認し続けるのが困難になってしまった。
なので仕方がなく人員を増やし、東西南北全ての門に、警備隊所属の人間を2人ずつ見張り番として置くことになったのだ。
そして今夜の北門の宿直当番は、カガヤとホノン。ちょうど今、カガヤの共有寝袋による仮眠休憩が終わったところだった。
「……ホノンさん」
「……はい、寝てませんよ決して」
そんなことを言うホノンは、座りながら見張るために置かれたパイプ椅子に、力なくグッタリともたれかかっていた。
「まだ何も言ってないじゃないですか」
「あ〜確かにそうですね、ついうっかり」
「うっかりで寝てませんなんて言葉でます?」
「そんな細かいこと言ってないでホラ、交代ですよ交代」
急ぐように立ち上がり、ホノンは共有寝袋に飛び込んでいく。
「……寝てたくせに」
「おやすみなさーい!」
カガヤの呟きを掻き消すように、ホノンは大きな声で挨拶した。
最近、ヨーゴが言っていたことが分かってきた。ホノンのサボり癖のヒドさについてだ。
カガヤとしては、街の安全を守る重要な職務の途中で熟睡するなんて信じ難い行為であった。
当人は「寝てても気が付きますよ〜」などと言う。実際、何度も怪獣や怪人をいち早く発見しているため、誰も文句をつけにくかった。
というか文句を言うと「でも誰よりも先んじて発見できてますよ〜、なら問題ないじゃないっすか〜」と、とても鬱陶しい言い方で返されてしまうのだ。
皆、ホノンという人間には呆れている。しかし確かな実績と能力に黙らされているのだ。
「なんなんだ……あの人」
あまり他人と関わってこなかった半生。それでもこのホノンという人間が、他の人間とはどこかズレているというのはわかる。
たまに一人で奇妙なことを言い出すし、リリという幽霊についても段々と詳しくなっている様子が見受けられる。
彼女に「さっきリリさんと喋ってたんですよ〜」と初めて言われた時には、カガヤは彼女が何を言っているのか理解するのに時間がかかった。
彼女曰く、幽霊のリリはバリケードタウンに住み着いているとのこと。
カガヤに加えてヨーゴも、リリという幽霊が何なのかよく理解できていない。一頭身幽霊と遭遇した時の、追加の謎現象としか認識していないのだ。
人間は理解できないモノを、恐ろしいと感じてしまう。もちろん2人もそうだ。
そのため冗談だと思いたかったが、ホノンの言葉に嘘があるとは思えなかった。そう思わせる不思議な魅力が彼女にはあるのだ。
「はぁ……」
ホノンが消えて一人になり、カガヤはパイプ椅子に腰掛ける。そして何気なく空を見上げた。
良い天気とはいえない曇り空。浮かんでいるはずの星は多く見えない。
だとしても、空模様の移り変わりを見るのが好きなので問題はなかった。
「……お」
雲が流れ、見える星が増える。それらの美しい輝きに、仕事中だというのに見惚れてしまう。
良くないことだと分かっていても、見るのをやめられない。
そんな魅力が星にはある。
幾億の星のなかに、どれだけの生命があり、どれほど栄えているのか。宇宙の生命の数はどれほどなのか……師匠から存在を教えられた魔術の深淵と同じくらいに、カガヤは知りたかった。
しかし絶対に知ることはできないだろう。全てを知るために必要な時間は、人間には長すぎて耐えられない。知りたいという欲望を抱えていくしかないのだ。
「……ん?」
妙に輝く星を見つけた……周囲の星を喰らい尽くすほど、金色に煌々としていた。
有名な星の数と位置は全て記憶している。
それでも見たことがない。
――ぞワっ
何故か背筋が冷え、胸騒ぎがした。いわゆる虫の知らせというやつである。
まだ何も起きちゃいないが、不安が押し寄せてくる。未知のものに対する恐怖に近い。
「ホノンさん……!」
椅子から立ち上がり、5メートルほど離れた場所で寝ているホノンを呼ぶ。
「起きてますよ」
すでに彼女は寝袋から出て、カガヤの近くに不安そうな表情で立っていた。
そして
「――上から来ます!!」
「っ!? 『防断』!!」
ホノンの突然の言葉に反応し、カガヤが防御魔術を発動した。
何故かと聞かなかったのは、彼も良くない何かを予期したからである。
それはドーム状のバリア。ホノンのいる場所まで包み込んだ。
以前にジオレクスの放つ熱波から、ヨーゴとホノンを守るために使用したものと同じ。短縮詠唱で効力が落ちても、込めた魔力次第で防御性能をある程度は確保できる優秀な術である。
――ドゴォ!!
降ってきたらしい金色の光の球がバリアに衝突した。らしい……というのは、上から来たということしか、わからなかったからだ。
「なんなんだ!?」
バリアに弾かれた光の球は、地面に転がった。 目の前にあるソレが何なのか見当もつかない。
バスケットボールほどの大きさで、なんらかの生物のようにみえるが……プラスチックのような人工物のようにもみえるという、恐ろしいほど奇怪な球であった。
「どうします? ホノンさん……」
「とりあえず人を呼びましょう、ウチらだけで判断するのは危険な気がします」
ホノンはパイプ椅子の下に置いてあるトランシーバーで、警備隊が常駐しているプレハブ小屋の事務所に連絡をとる。
その間、カガヤは光の球から目を離さずにいた……というより目が離せなかった。
未知のものは恐ろしい。
だが人間はその未知で恐ろしいモノに惹かれる性質がある。他の動物なら一度恐怖すれば逃げるもの。だが人間だけはそうしない。
良くも悪くも、恐怖に立ち向かってしまう。
「なんだ……?」
カガヤがそう呟いたのは、球が変形を始めたからだ。
グニャグニャと、幼児がこねる粘土のように形を変えていく。
数秒ほどで
「……蛇?」
形は整った。カガヤが思った通りの生物の形に。
「JAAAA……」
金色のニシキヘビの形となって、ソレは動き出した。
「JAAAAAAAS!!」
「っ!? 『防断』!!」
噛みつかんと飛びかかってきたのを、カガヤは先程使ったバリアの魔術で防いだ。
弾かれた金色の蛇は地面に落ちた後、スルスルと動いて距離をとる。
獲物を狩るハンターのような、知性を感じる動きであった。
「カガヤさん、すぐにヨーゴさんとユウレンさんが来てくれます! 防御に集中してください!」
一部始終を見ていたホノンの指示にカガヤは頷いて答える。彼もそのつもりであった。
正体不明のモノを攻撃するリスクを彼は考えていた。何もわからないままに刺激を加えて、状況が悪化するのだけは避けなければならない。
カガヤは防御魔術を解かず、金色の蛇の様子をうかがう。
「JARAAAAAAAAA……」
蛇は唸りながら動き続ける。どちらも様子をうかがっているのだ。
「……アレが怪獣ならホノンさん知ってるんじゃないですか?」
カガヤの問いに、ホノンは首を横に振る。
「残念ながら見たことも聞いたこともないです、こんな金ピカの蛇の怪獣なんて……」
そう話している間も、蛇は近寄ってこない。しかし戦意はあるらしく、今のところ逃げるそぶりはみせない。
「怪獣の幼体か……それともあの怪獣みたいに……動き的には……」
カガヤは防御魔術を張り続けるのが今しなければならないこと。こういう時、分析がすべきことだとホノンは心得ていた。
観察して情報を集めることだけに集中する。
今は役に立たずとも、いずれは有益なことになる。そう信じながら観察するのだ。
「空から降ってきた……いや、もしかして宇宙から来た?」
そう考えてしまえるだけの、異物感。
地球に生まれた生物ならば、皆がそう思うであろう。
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