32
ピースガイ……ユウレンがカガヤ達と出会った頃。
「待てェェェ!! ジオレクスゥゥゥ!!」
ジンハは空を蹴り飛び、ジオレクスの全身熱放射を避けていた。シンプルに距離を開けることが対策だと知っていたからだ。
しかし再び近づく前に、ジオレクスはバリケードタウンを出ていく行動を取った。それはジンハにも想定外であった。
「このクソ怪獣が逃げるんじゃねぇよ!! 吾輩に斬られろ斬らせろ斬られ死ねェェェェェ!!」
空を蹴って後を追いかける。
しかし一歩の差は、ジオレクスの方が大きい。 いつまでも追いつけないことにジンハはむず痒さと悔しさを感じていた。
「吾輩とッ! 戦えってんだよぉ!!」
叫び、気を引こうとするもジオレクスの真っ白な瞳にジンハの姿は映らない。振り向きもしない。空を駆けるといえど、人間なんぞ今はどうでもいいのだ。
今、興味があるのは遥か上空……成層圏を飛行している大きな亀だけ。それ以外は何も目に映らない。まさしく無我夢中だ。
「吾輩と戦えよぉ!! もう!! コッチ見ろよぉ!!」
追いかけても追いかけても、振り向いてすらもらえない。思わず駄々っ子のようにジンハは叫んでしまう。
「なんなんだよもう!! いい加減にコッチ見ろってんだよォォォォォ!!」
「その辺にしておけ」
とても聞き馴染みのある、愛すべき怨敵の声。
聞いた瞬間に、
――ドガン!!
「うげっ!?」
ジンハは頭に強い衝撃を受ける。
殴られたとわかった時には、すでに真っ逆さまに落ちていた。
――ドゴォォォォォン!!
「痛ぁ!?」
なすすべなく、ジンハはバリケードタウンのちょっと外側の地面に激突する。普通ならグチャグチャで粉々な肉片になっている速度と高度であったが、彼女はハバ・ジンハ。常人とは鍛え方が違う。
服が乱れただけで傷はなかった。
「ふざけやがって……」
ジンハはすぐさま立ち上がり、上を見る。
見上げた先には、一人の男が浮遊していた。
「おぉ久しぶりだなピースガイ……吾輩と戦いたくて家から出てきたか? 引きこもり野郎め」
首をコキコキと鳴らし、ニヤリと笑うジンハ。
それに対してユウレンはどうでもよさげな態度を取る。
「君もさ、大人しくグッスリ眠っていればいいのにな……」
「本当に悪いんだが、貴様のような弱虫に構っている暇はない……吾輩はジオレクスを追わねばならんのだ、斬り足りないからな」
「僕も急ぎなんだ……3人ほど待たせてる」
「だったら――ッ!?」
「眠れ」
音速に等しい速度でジンハに近づく。
そして反応される前に、ユウレンは手刀で彼女の頭を砕かんとするほどの勢いで殴りつけた。
「へばぁ!?」
普通なら頭が爆発四散して身体だけが残るはずだが、ジンハは少し身じろぎして、たんこぶができるくらいで済んだ。しかし脳が激しく揺らされたことで、気を失って倒れてしまう。
「ジオレクスをこれ以上刺激する訳にも、君を自由にしておく訳にもいかないんだ……恨まないでくれよジンハ」
謝るようにそう言うと、ユウレンはジンハの首根っこを片手で掴み、ふわりと空へ飛び出した。
目的地はオウイチロウのところである。
当然だが空に障害物はない。
なのでたったの数秒で、オウイチロウのもとへと到着した。
「……よぉユウレン、起きていたのか」
「やぁオウイチロウ、置いていくなんてヒドいじゃないか」
ユウレンが空から降りてくる……その光景は人々に注目された。人それぞれ、様々な思いが込められた視線の数々を受けたユウレンは、心の底から面倒くさいと感じた。
「とりあえずこのジンハを受け取ってくれ……ぶん殴っておいたから、元通りボケた女になってるはずだ」
ユウレンは持っていたジンハを地面にポイ捨てするように投げた。雑なんてレベルではない扱いだが、誰も気にする者はいない。ジンハという人間を心配する者など地球にはいないのだ。
「……ついでに頼みたいことがあるんだが」
「街にいる生き残りを連れてきてほしいってんだろう? たった3人くらい、お安い御用だ」
そう言ってユウレンはバリケードタウンへ飛び去っていった。
それから5分も経たないうちに、ユウレンはヨーゴとホノンを両手に持ち、カガヤを背負って運んできた。
「……ありがとう、ユウレン」
「……悪いことをした気分だよ」
3人をゆっくりと地面に寝かせながら、オウイチロウに礼を言われたユウレンは呟く。
生き残りの3人とは彼らのこと。
つまり生存者はこれで打ち止め。ついさっき大切な人が戻らなかった……もう失ってしまったということを、奇跡を待ち望んでいた人々は思い知る。
再会を喜んでいた者達は、涙を流す者の背中をさすったり、気不味さから目を伏せたりしていた。もはや先程の喜びは消え失せている。
禍福は糾える縄の如しというが、不幸が後に来ることの絶望は最悪の場合、人間の心を打ち砕く。立ち直るには、他の心と時間が必要だ。
「……3人ともありがとう、よく戻ってくれた」
横たわる3人の前にひざまずき、感謝を述べるオウイチロウに、ユウレンは「ちょっと待て」と声をかけた。
「カガヤ君の心音が小さくなっている」
「なにっ!?」
「そんな……!?」
サダヒメは驚き、オウイチロウは急いでカガヤの胸に耳を当てた。
「くそっ……!!」
彼の止まりかけている心臓の音を直に聞いたオウイチロウは苦悶の表情を浮かべる。
ここに心肺蘇生キットなどという便利なモノはない。人工呼吸と心臓マッサージを試みるつもりではいるが……助かるのかどうかまったくわからない。不安が襲い来るのはこれで何度目か。
「カガヤ……!!」
「カガヤさん……!!」
「2人ともそこどいてくれ、僕に任せろ」
覚悟を決めたオウイチロウとサダヒメを押しのけて、ユウレンはカガヤに寄り添うように屈んだ。
「心肺蘇生法のやり方なんぞ忘れたけど……無理やり動かしてみよう」
バンッ! バンッ! バンッ!
「ひっ!?」
「おいユウレン!!」
カガヤの胸部を強く叩き始めた。まるで太鼓でも叩くように思い切りだ。そんな強引な心臓マッサージを見たオウイチロウとサダヒメは驚愕する。
「やめろユウレン!!」
見ていられず、オウイチロウはストップをかける。しかしユウレンは涼しい顔で「心配はいらない」と応じてみせた。
「もう一回直接聞いてみな、心臓の音が戻ってきている」
「なに!?」
ユウレンに場所を譲られたオウイチロウは、またカガヤの胸部に耳を当てた。
ドクンッ……ドクンッ……と、しっかり心臓が動いている音が聞こえたオウイチロウは立ち上がり、「よし!」と言いながら小さくガッツポーズをする。
それが、もう大丈夫のサインであると受け取ったサダヒメも「やった……!!」と喜んだ。
「喜ぶのもいいが3人はまだ重傷だ、手当てをするべきだろう」
「そうだな……サダヒメ、救急セットを」
「承知しました」
それからオウイチロウとサダヒメは3人の手当てを始めた。しかし所詮は救急セット。できることはそう多くない。できる手当てはすぐに終わってしまう。
あとは起きるのを待つしかない。
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