30
ハバ・ジンハは比較的裕福な家庭に生まれ、両親からの愛を一身に受けて育った。
しかし彼女にそんな記憶はない。
幼い頃の記憶にあるのは博物館で見た、特に銘もない日本刀の輝きと、その使い心地のみ。
――斬ってみたい。
その衝動が彼女の始まり。
展示品であった刀を強引に手に取り、近くにいた者を片端から斬り伏せた時から、ハバ・ジンハは始まったのだ。
善人を斬り、悪人を斬り、怪人を斬り、怪異を斬り、怪獣を斬ってきた。
とにかく斬りたい。
子供の頃から何も変わらない欲求が、彼女を突き動かす。
「フハハハハハハッハッハハハハ!!!」
部屋から地上へと走って飛び出したジンハが、怪獣同士の戦いに介入し始めたことで、事態はさらなる混沌を極めることとなった。
飛来する斬撃。放たれる熱光線に、飛び散る血液や巨大な鱗。あらゆる轟音が鳴り止まない。
「あンのクソ女ァ……!!」
「どーすんですか! 余計に危険になったかもしれませんよ!!」
2人は、とりあえず逃げるために監視塔から出て、また走っていた。止まっていたら振ってくる瓦礫や大玉の火炎に殺されるからだ。
そういうモノを打ち払うため鬼装したいところだったが、重度の破損によりしばらくできない。 ジンハを解放したことで、2人を取り巻く状況は悪化したのだ。
「クソッ!!」
瓦礫や火災が行く手を阻む。見知った街を走り回っている気がしない。
逃げるためにひたすら走ったせいで、2人はここが街のどの辺りなのか、完全に分からなくなっていた。北がどちらなのかすら……もう見当もつかない。考える暇もない。
とにかく逃げることに必死なのだ。
「……もはやこれまでかッ!?」
「え!? なに!? 嫌ですよ死にたくない!!」
走りながらそんなことを言うヨーゴの心は、もう挫けそうになっていた。ホノンが近くで「生きたい死にたくない」と喚いていなければ、とっくに生を諦めて自害していただろう。
「お願いしますよヨーゴさん! なんかいつもみたいに何かこう! なんかいい感じに!!」
「曖昧すぎてわからん!!」
「ぎゃああああ!! 瓦礫降ってきた!! 近くにウワアアアア!!」
「うるさい!!」
阿鼻叫喚の地獄絵図とはまさにこの状況のことを言うのだろう。
「すっごい熱いしもう嫌ああああ!! 死にたくないよおおおおおおおお!!」
ホノンは必死過ぎて一切思考することができず、思ったことしか口にできない。現状、完全な役立たずである。
対するヨーゴも同じようなもの。思考する暇がない。なので良い案が思い浮かばないでいる。
「ZIOOOOOOOOOOOOOOOOOOOS!!」
「VARAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAM!!」
ぶつかり合っては殴り合いの引っ掻き合い。
やっていることは野生動物の縄張り争いや、人間の喧嘩などとさほど変わらない。
だがスケールが違いすぎた。周囲に引き起こされる厄災の数があまりに多い。
「ZIOOOO!!」
ガヴウ!!
ジオレクスがグルバラムの右肩に噛みつき、
「VARAAAAAAA!?」
グルバラムは急いでそれを引き剥がした。
恐るべきことに、すでに傷の回復は終わっていた。回復の速度が跳ね上がっている……否、跳ね上げられている。
成層圏にいるチルクス遊星人の宇宙船からの操作で、回復速度をコントロールしているのだ。
グルバラムは対ジオレクス用に改造した怪獣兵器。今のところ互角か、少し苦戦気味ではあるが、奥の手が隠されていた。
鼻頭と両肩に刺されている鉄の棒……それこそが奥の手。近い距離で高い効果を発揮する。
今こそ使うべき時。チルクスの指示を受けたグルバラムは、両肩にエネルギーを集め始める。
――スパパパァン!!
「VARAA?」
集め始めたその瞬間。
鼻頭と両肩の鉄の棒が、根元から切断された。
背後から放たれた、見えない斬撃によるもの。
この場でそれができるのは、全く持って不思議なことに、ジンハという人間だけだ。
「貴様は邪魔だァ雑魚がァ!!」
手足を刀として扱うことで、飛ぶ斬撃を何も持っていなくても放つことができる。
実質4刀流。その斬撃力は、常人では決して理解できないだろう。
「そらそらそらそら!!」
シュパシュパシュパシュパ!!!
グルバラムの首を落とそうと、飛ぶ斬撃を連続して放つジンハ。
しかしグルバラムの回復能力は全開の状態。斬ったその場から再生していく。
ヨーゴなら絶望するだろう。いくら斬っても無駄というのは精神的にダメージを受けるもの。
だがジンハは違う。
斬り放題だと考える。
「楽しめるじゃないか雑魚のくせして……おっとヤバいな」
正面に青い光を感じ、ジンハは斬るのをやめて大きく翔んで離脱する。
その約1秒後。
――ヴォガアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!
ジオレクスの、今日一番の火力の熱光線によって、グルバラムの頭部は消し飛ばされた。
再生の限界を迎え、完全に生命活動を停止したグルバラムはゆっくりと前のめりに倒れる。
チルクス遊星人の対ジオレクス用宇宙怪獣というには、あまりにもあっけない幕引きであった。
しかし相手がジオレクスならば、こうなるのも仕方がないといえる。ジオレクスの戦闘力は、未だに底が見えない。さらに進化を続けている。
想定など無意味なのだ。
「もっと斬りたかったが、まぁいい!!」
真の目標は別にある。
「ジオレクスゥ!! その首置いて死ねぇ!!」
挑んでは斬っては負けて、斬っては負けて……繰り返し過ぎて、何度戦ったか数え切れない。斬った相手は死なねばならないというジンハの心の法則に、ジオレクスは反している。
殺さねばならない。そうジンハは勝手に因縁付けていた。
ガキィン!!
空を蹴り、ジオレクスの首に飛び付いたジンハの手刀が弾かれる。まるで砕けない宝石を叩いたような感触であった。
「前より硬くなったなぁ!! 吾輩に適応したんだな嬉しいぞ!! ジオレクスゥ!!」
「ZIOOOOOOO……」
「ん!? アレか!!」
危機を察知したジンハは飛び退く。
次の瞬間には
ヴォオオオオオオオ!!
ジオレクスの全身から、空気をも焼くような強烈な熱波が大量に噴射された。
全身熱放射と呼称される技である。纏わりついてくる小さな生物群を一気に殺すための技だ。
「あっつぁああああ!!!」
「くっ!?」
遠くに離れていたヨーゴとホノンにも熱波が襲いかかる。皮膚が焦げそうなレベルの熱に、避けようがない2人は苦しむしかない。
ヴォオオオオオオオオオオオオ!!
熱光線よりもエネルギー消費量が少ないのか、全身熱放射は長時間続く。小さな敵を絶対に殺すというジオレクスの意思が垣間見える技である。
「マズい……」
「ヨーゴさ……ん」
走っていて熱にやられたホノンが、膝から崩れ落ち、バタリと倒れてしまう。
彼女を起き上がらせる間もなく、ヨーゴも膝をついた。もはや自分のことで精一杯。仲間を助けられない。
ヨーゴの意識が遠のく。ホノンはすでに気絶していた。危険な状態だ。
しかし無常にもジオレクスの熱波は続く。殺すという意志は絶対遵守なのだ。
完全な詰み。
もはや生き残るすべはないとヨーゴが悟ったその時だった。
「大丈夫ですか!?」
聞き覚えのある声と同時に、熱が途絶えた。
「カガ……ヤ?」
「そうですボクです!! 防御結界を張りましたからもう少しだけ頑張ってください!!」
限界だったはずであろうカガヤが来てくれた。
ヨーゴは失いそうな意識のなかで、彼に感謝をした。もしそれを口にできたら、1時間は礼を言い続けただろう。
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