28
月が落ちて夜が明け、ジオレクスが昇ってくる朝日とともに、バリケードタウンへと地響きを立てて進撃する。
美しい陽光に照らされる黒曜の岩鱗は輝きを帯び、禍々しさと神々しさを同時に引き立たせていた。
数多のモノに等しい破壊を与え、滅びの炎の中に散っていく生命を見送ってきた白い双眸が何を思うのか……解明できた者はいない。
この地上に姿を現してからずっと、破壊を繰り返しているこのジオレクスという怪獣は、きっとこれからも破壊を繰り返す。
きっと彼なりに意味があるのだろう。
迫りくる宇宙怪獣が気に入らないとか……俗物的なものかもしれないし、地球環境を守る……などの崇高な使命の元での行動かもしれない。
なんにせよ、脆弱で矮小な人間は甚大な被害を受けてしまう。
バリケードタウンにいる人々は、サダヒメの放送によって北門への避難を大急ぎで始めていた。
いつもは落ち着いて行動できる住民達だが、今回ばかりは動揺し、焦っていた。
向かう場所を火の海地獄へと変えてしまうジオレクスが来るとあっては、落ち着いてなどいられない。
今にもパニックが起きそうなギリギリの状況。
それを何とかホノンとヨーゴが宥めて落ち着かせていた。
街の至るところで大声を張り上げ、急ぎつつも落ち着いた避難を促す。
避難中に暴動が起きれば、負傷者を増やしてしまう。人命最優先で動くことをオウイチロウに命じられた2人は、精一杯住民達を誘導した。
もう何分の余裕もない。
迫ってくる怪獣はジオレクスだけではないのだ。チルクス遊星人の操る宇宙怪獣グルバラムも来ている。
数分後にはこのバリケードタウンは2体の怪獣によるバトルフィールドと化す。人間が生き残れるような環境ではなくなる。
何としてでも逃げなければならない。
「さすがに集まりきらんか……」
北門に集結しつつある住民達の様子を見て、オウイチロウは歯を食いしばる。
そんな彼の様子を隣で見ていたカガヤは「仕方ありませんよ」と静かに宥めた。
現時点で集まっているのは全体の三分の一といったところ。全員無事に脱出を目標としているオウイチロウにとっては少なすぎる数だ。
もう時間はない。地響きが大きくなってきている。油断すると転びそうになる。震源地は近い。
為政者……街を仕切る者として、非情な判断を下す時が来たとオウイチロウは確信した。
大きく息を吸い込み、
「全員集合といかなかったのは非常に残念であるが、今からこの街を脱出する!! 異論は認めない!!」
集まっている住民達に聞こえる大音量でそう叫んだ。
当然、ガヤガヤと戸惑う声が多数上がる。皆、緊張と動揺により大きな不安を感じているのだ。
それでもパニックにならないだけマシ。ギリギリ指示が通るため避難行動自体は順調に進むだろう。
「いいか、ジオレクスに悟られぬよう小走りで静かに逃げるぞ……決して慌てるな、落ち着いた行動を心がけろ」
静かに指示を出したオウイチロウは、手前にいた住民に今の指示を後ろにも伝えるように促した。この避難は皆の意思を統一せねば成功しない。要項の伝達は重要なのだ。
「カガヤ、門を開けろ」
「……了解です」
オウイチロウにそう言われ、カガヤはフラつく足で門代わりのバスへと向かい、すぐに運転席に座る。
そして少しだけバスを前進させ、出入り口を作った。
以前のように魔術で無理やり動かすことは、今のカガヤのコンディションでは不可能。だからといって指揮する立場のオウイチロウがやるようなことではない。だからカガヤが自分の身体にムチを打って動くしかなかったのだ。
フラッフラで戻ってきたカガヤに、オウイチロウは「すまんな」と声をかけ、肩を軽く叩いて労う。
「では出発」
オウイチロウの一声で、今いる住民達はゾロゾロと歩き出す。無論、この集団の先頭はオウイチロウだ。
皆が不安そうに街の外に出ていく。しかし声はかけない……というよりかけられない。
オウイチロウも一人の人間。住民達と同様に怖いのだ。だから「安心しろ」などとは言えなかった。
それに見え見えの嘘をついても意味はない。
街の外に安心などないのは、誰もが知っているのだから。
「オウイチロウさん」
背後からサダヒメの声がして、オウイチロウは足を止めずに振り返る。そこにはカガヤとは別の理由でフルフルと震えながら歩く、小さなカバン……救急セットを抱えたサダヒメがいた。
「ここに来る途中で住民達を数えましたが、やはり逃げ遅れは多いようです」
サダヒメは「走りながらでしたので正確には数えられていませんが」と付け足した。
「……そりゃあ、多くもなるよな」
ジオレクス相手に全滅せずに済むのなら、上出来も上出来。一昔前ならば見事な逃走だと讃えられるレベルだ。
しかしオウイチロウは満足などできない。
このバリケードタウンで怪獣による死者が出ることに、彼は強い憤りを感じた。
せっかく治安維持や避難訓練に注力して、ようやく安全な街として機能し始めたところだったのに……全てがブチ壊しになった。それが悔しくてたまらない。
「サダヒメ、皆の誘導を手伝ってくれ」
「承知しました」
オウイチロウは毅然とした態度で、後ろを歩くサダヒメに指示を出す。
嘆いてなどいられない、そんな暇はない。リーダーとして次を見据えなければ、集団が瓦解しかねないからだ。
「ヨーゴさんとホノンさんは?」
オウイチロウの隣をフラフラとついて歩いているカガヤが、サダヒメに質問を投げかけた。
その質問にサダヒメはハッキリと答える。
「ここに来るまでに声をかけたのですが、2人ともまだ残りの住民を探すと言って……」
「まだ街にいるっていうんですか!?」
「……そういうことになります」
悔しそうにサダヒメは答えた。
彼女のその答えに、カガヤは納得がいかない。
「オウイチロウさん、少し避難を遅らせるなんてことは……」
「そんなことできるわけがないだろう、事態は一刻を争うんだ……残念だが着いてこない2人は置いていくしかない」
「指示をしたのはオウイチロウさんじゃないですか……!」
「遅れるなとも無理するなとも……俺は指示をしただろう!!」
衆目の前だというのに、オウイチロウは思わず怒鳴ってしまう。感情が爆発してしまったのだ。
「今の今まで奴らが来ないのは、独断行動をしてるってことだ……だから待たない」
悔しそうにギチギチと歯を食いしばる。
そこでカガヤは、自分が酷いことを言ったのだと理解した。
――オウイチロウさんだって辛いはずなのに、責めるようなことを言ってしまった。
しかし後悔先に立たず。
「……オウイチロウさんの気も知らずに、すみませんでした」
謝ることしかできない。
「……いい、とにかく先を急ぐぞ」
「でも待ってください」
おもむろに立ち止まるカガヤ。
不可解なその行動が気になったオウイチロウも、つい足を止めてしまう。
「……ボクが、2人を連れてきます」
「まさか、街に戻る気か?」
「……行ってきます」
「おい!!」
オウイチロウの静止の声も聞かず、カガヤはフラつきながらも街へと走り出す。
その気になれば、オウイチロウは彼に追いつける。しかし集団を率いている以上、追いかけることはできない。
「サダヒメ、奴を止めろ……ただし無理はするな、自分の命を第一に考えて行動しろ」
なので側近に頼むことにした。
「承知しました」
軽く礼をしてからサダヒメはカガヤを追いかける。きっとすぐに捕まえられる。そうオウイチロウは思って、再び歩き出した。それに続いて後ろに続く人々も歩く。
オウイチロウの誤算は、カガヤが限界を超えて魔術を使ったこと。
彼は見事にサダヒメの追跡を振り切り、バリケードタウンへと戻った。。
ブクマや☆での評価・応援などよろしくお願いします。感想や酷評や罵倒などもお待ちしております。




