02
ワイシャツにジーンズという出で立ち。首にはロケットペンダントをかけている。モデルのように手足が長くスタイル抜群なその青年の醸し出す雰囲気は、どうにもこの世紀末世界に似つかわしくなかった。
どこかユルいのだ。
過酷な今の時代なら誰もが持つ、生きるための必死さを微塵も感じられない。
人類が全盛期だった頃からタイムスリップしてきたかのような男であった。
「そこのオマエ、その場で止まれ」
だとしてもヨーゴは油断はしない。正体不明の侵入者には毅然として接する。そう心がけている。
「あ、はぁい」
彼の命令に、青年は素直に従った。
「……あのぉ~、そんなか入れてもらえますかぁ〜」
夕暮れの冷たい風に藍色の天然パーマを揺らされながら、青年は間延びした声でヨーゴへと語りかける。
しかし「今はオマエが喋るタイミングじゃない、オレが喋るタイミングだ」
青年の意志と言葉をシャットアウトして、ヨーゴは話す。
彼に青年と言葉を交わすつもりは今のところない。安全を確認するまでは命令するのみだ。
「両手を上げ、跪け。身体検査をさせてもらう」
「そんなことしなくても、ボクは怪しいモンじゃないですよ?」
「怪しいモンかそうでないかはオレ達が決める、オマエの意見は求めていない」
「感じ悪いなぁ……」
「黙れ、郷に入っては郷に従え……この街に入りたいならなら大人しく、警備責任者のオレの言うことを聞け」
見知らぬ個人の権利を侵害してでも街を守る。
権利の侵害などは、あとで少し謝れば済む話。
危険を見逃して、取り返しのつかないことになるよりずっといい。
「跪かないというなら、ここから失せろ……跪かず、失せもしないというなら、敵とみなして攻撃を加える」
ヨーゴが右手をスッと上げる。それが合図となり、後方に控えていた4人が一斉に動き出す。
そして彼の背後に横一列で並び立ち、警棒を構えた。非常に統率の取れたスムーズな動きであった。
「わーかりましたよ……跪きますからその物騒な棒をしまってもらえます?」
屈強な男達の迫力に臆した青年は指示通りに立膝で跪いて、両手を軽く上げてみせる。
それを見たヨーゴは上げていた右手を下ろし、男達の構えを解かせた。指示を聞いた眼前の男に戦闘意思はないと判断したのだ。
「素直に応じてくれて感謝する」
友好的な口調で話しつつも、ヨーゴは警戒したまま青年に近寄る。不意打ちの危険があるからだ。武器も敵意もないとわかるまで、警戒は解かないつもりでいた。
「では身体検査をさせてもらうぞ」
「なるべくお手やわらかにお願いします」
ペタペタと触って、ヨーゴは青年の身体をチェックしていく。
「武器はないようだな」
とりあえず武器を忍ばせている感触はなく、ひとまず安心するヨーゴ。
「怪人の臭いもない……ん?」
そんな彼の視界に、青年のロケットペンダントが目に止まった。何の変哲もない普通のモノに見えるが、何か奇妙な雰囲気があった。
「これは?」
用心というよりも好奇心で、青年のソレに触ろうとする……すると
「触んな!」
青年はヨーゴの手を叩き、弾いた。
「何をする!?」
「貴様!」
ここまでの友好的な態度を無に帰すような振る舞い。ヨーゴが驚くよりも先に、待機していた5人の男達が警棒を構えた。
味方の敵意に気づいたヨーゴは、彼らに右掌を突き出すようにして制止する。
「すまん……だがそこまで大事なものなのか?」
余計なことをして、青年のデリケートな部分に触れてしまったのかもしれない……そんな後ろめたさを感じながら、ヨーゴは問う。謝るにしても理由を聞かねば謝りようがない。
「これは師匠の形見だ、中は写真が入っているそうだけど……ボク含めて、誰にも見せるなと師匠に言われてる」
「そうか、何も知らなかったとはいえ、申し訳ない……お前たち、構えを解け」
部下である男達は少し不服そうに命令に従った。警備責任者であるヨーゴの命令は、絶対遵守なのだ。
「他に怪しいモノはないようだな……もう立ってよし」
「……疑いが晴れてよかったですよ」
「いやまだだ、聞きたいことがある」
ヤレヤレといった感じで、ゆっくりと青年はその場で立ち上がる。
「まず名を聞かせてくれ」
「……イナミ・カガヤです」
「来訪の目的はなんだ? 食料や水の調達か? それとも移住か?」
「いえいえ、この街にいるユウレン・シェーンさん……いや、ピースガイさんに会いに来ました」
「……なんだと?」
青年……カガヤが言ったユウレン・シェーンという人物は、確かにこのバリケードタウンにいる。特殊な事情でバリケードタウンに欠かせない重要人物であるため、ヨーゴは警戒を強めた。
「何の用で会いたいんだ?」
「師匠の遺言を伝えたいんですよ」
「師匠……さっきも聞いたが、師匠とは誰のことだ? ユウレンの関係者なのか?」
「ボルケーノ・ウィッチですよ、ユウレンさんとはチームメイトでした……さすがにご存知ですよね?」
ユウレン・シェーン……ピースガイも所属していた地球最強のヒーローチーム――コスモスオーダーの一員にして極炎の魔術師と呼ばれた存在。 それがボルケーノ・ウィッチ。
怪人・怪獣の単独撃破数は史上第二位と凄まじい記録を持つ……実在した伝説の人物だ。
「ボルケーノ・ウィッチは知っているが、彼女に弟子がいるなんて聞いたことがない……この話が本当だという証拠は?」
「んじゃあ、軽く魔術でも披露しましょっか」
そう言ってカガヤはヨーゴらに背を向ける。
何をするつもりなのかヨーゴが問う寸前に「有名なヤツいきまぁす」とカガヤが言い放つ。
「『我が求めは陽光の槍撃』」
呪文らしきものを唱えながら、カガヤは祈るように両手を合わせる。
「『眼前の影を撃ち抜け』」
引き続き、カガヤは唱えながら両手を前に突き出す。
すると半透明の赤い魔法陣らしきものが、彼の両手の前に投影された。
「……『炎天槍』!」
叫んだ瞬間、魔法陣らしきものから火炎で構成された槍が、攻城兵器のバリスタを思い起こさせる勢いで空へと発射された。
警備隊の面々は、銃を持った不審者相手でも、臆することなく命を賭して立ち向かう覚悟をしている。
それほどの者でも萎縮し、意思が揺らぐほどの圧倒的な火炎が放たれたのだ。
「どうです、ボルケーノ・ウィッチ直伝の火炎魔術は。他にも身を隠す魔術とかで怪獣をやり過ごしたり……って、皆さんどうしました?」
カガヤが自信満々に振り向くと、ヨーゴを含め6人の男は、揃って警棒を構えていた。
遥か彼方の荒地で着弾・爆散した炎の槍は、彼らを警戒させるのには充分過ぎた。
「オマエは危険だ、イナミ・カガヤ……魔術という凶器を持っている以上、この街に入れるわけにはいかない」
「あー、そうなりますかぁ……はぁ、困るなぁ」
ヨーゴらは完全な警戒ムード……もはや交渉の余地がなさそうな雰囲気。
証明が仇となったカガヤは、小さくため息をついた。彼としても、ここで引き下がるわけにはいかない。ここまで来て諦める訳がなかった。
師匠の遺言のために、それなりに苦労を重ねてきたのだ。
「どうしても通してくれませんかぁ?」
「オマエが街中で魔術を行使して、人々を危険に晒す可能性がある以上、通すわけにはいかない」
「ボクはヒーローの弟子だ、誇りがある……罪のない人々を攻撃することは絶対にしない」
「残念だがオマエの人となりがわからない以上、信用できない……繰り返すが、通すことはできん」
「はぁ〜……」
今度は大きなため息をついたカガヤは、一瞬だけうつむいて考え、またヨーゴらの方を見る。
「こんなことして良い訳がないでしょうけれど、押し通って行きます」
絶対にユウレン・シェーンに会い、直接遺言を伝えなければならない……それが彼の、今の使命だ。如何なるトラブルも乗り越えていく覚悟はできている。
「やってみろ」
対するヨーゴら警備隊も、街の平和を守るのが使命。そのためならば命を投げ出すことも躊躇しない……覚悟は常にできているのだ。
互いに戦闘態勢をとる。
凄まじい緊張感……一触即発の空気が漂う。
そんなところに
「双方、そこまでだ!」
警備隊の背後から、今にも始まりそうな戦いを制止する迫力のこもった声が聞こえてきた。
「殺気を収めろヨーゴ」
「オウイチロウさん……なんでここに?」
威圧感のある声に、ヨーゴ一同が振り向く。
そこにはバリケードタウンを統治する……いわば街のボスといえる存在の大男がいた。
彫りの深い強面の顔に、鼻頭の横一文字の刀傷が特徴で、長い黒髪をオールバックにし、うなじの辺りで髪を結んでいる……上下黒のスーツに、藍色のコートを羽織った、杖ついた偉丈夫。
それがオウイチロウという男だ。
「ホノンが貴様らの動向を見ていたらしい、それでヤバそうだと伝えてきたんでな……すまないな客人、街に入るといい」
「なっ……そんな軽々しく判断するのは危険では!?」
「彼がそのつもりなら、とっくにお前達を焼き殺して街に入ってるだろう……そうしてないってことは、彼には善性があるということだ」
「……それでオレに納得しろと?」
「俺は彼の話が聞きたい……ここにいる警備隊に命令する、彼を俺の事務所まで案内しろ」
「……わかりました」
渋々といった感じでヨーゴは了解する。
ボスはオウイチロウで自分はその部下。納得できようができまいが関係ない、命令とあらば従うのみ。
「客人、名前は?」
「……イナミ・カガヤです」
「よし……俺達についてこいカガヤ、ゆっくり話をしようじゃないか」




