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カガヤが転移術の準備をしている時のこと。
バリケードタウンの中心部にあるプレハブ小屋の事務所にて、オウイチロウは書類仕事……今は避難経路の見直しをしていた。
時刻は真夜中。そろそろ休憩するかと思っていたところで、出入り口の扉からノックの音が聞こえてくる。
「入れ」
「失礼します、オウイチロウさん」
入ってきたのはオウイチロウの秘書兼ボディガードの1人、整った目鼻立ちをしたサダヒメという女性であった。
高身長でスレンダーなモデル体型で、長めの黒髪を後ろで団子状に纏めているクールビューティーな彼女は……何故かいつも、バイク乗りが着るようなレーシングスーツを着用していた。
そんな彼女は緊張した面持ちでオウイチロウに伝えるべきことを話し始める。
「ホノン達からTDと連絡が来ました」
「……KAでなく、TDと来たんだな?」
「間違いなく」
KはKAIJU。AはATTENTIONの略。
直訳で、つまり怪獣注意。TOWN DANGERより危険レベルは少し低く設定してある。避難すれば問題ない程度としているからだ。
しかし今はTOWN DANGERのTD。オウイチロウはその言葉を街が滅びるレベルの危険度と位置づけていた。
彼らが旅立つ前に、ホノンに念のため教えておいたサイン……まさか使ってくるとは、少し予想外であった。
「……ジンハは動かせそうか?」
「正気を取り戻しかけており、鎖で繋いでおかねば危険な状態です」
「ならばプラン通りに警報を鳴らし、住民達をシェルターに避難させるんだ……散り散りになるように放送を付け加えろ」
「了解しました」
腰を軽く曲げて礼をし、彼女はプレハブ小屋から立ち去る。
バリケードタウンにいる者達は、ユウレン・シェーン……ピースガイの威光にあやかってはいるが、怠惰な生活をしている訳ではない。
時折やってくる怪獣に街を破壊され尽くされないのは、食料生産や建築作業の合間に避難訓練をしているからだ。
人さえいれば、いくらでも復旧はできる。それを住民達は理解しているのだ。
「まったく……」
だが今回は少しコトが大きい。住民達の避難が完璧なものであったとしても、幾らかの犠牲は覚悟せねばならなさそうだと……オウイチロウは諦観する。
ならば最初の犠牲で留めなければならない。そう考えて、住民達が散らばるようにと命令をしたのだ。
どこかが潰れても大丈夫なように、リスクを減らす。人道的とは言えないが、この御時世では仕方がない。人命の価値は昔よりずっと上がっているのだ。
「……はぁ」
非情な判断を下さねばならない自分の役割に疲れたオウイチロウは深くため息をつく。
彼はこの仕事をやりたくてやっている訳ではない。成り行きでなってしまっただけの、人間性を捨てきれない指導者なのだ。
犠牲者が出るであろうことは伝えられない。ならばせめて指導者として声をかけ、住民達を少しでも安心させよう……そう考えたオウイチロウは、プレハブ小屋を出ようとする。
その時だった。プレハブ小屋の出入り口の扉が開き、ここにいるはずのない3人がなだれ込んできたのは。
「お前達、なんでここにいる?」
「カガヤさんの超便利な魔術のおかげです」
至極真っ当なオウイチロウの質問に答えたのは、ホノンであった。
超便利な魔術とやらを使った張本人は、とんでもなく青い顔をしていた。かろうじて開いているらしい目も虚ろで、今にも崩れ落ちそうな状態で立っていた。
「カガヤが死にそうなんだが、大丈夫なのか?」
「……反動です……ちょっと休ませても……らえま……すか……おぇ……」
魔力=生命力。それが枯渇しているカガヤは、ひどく寒そうに震えながら手を挙げて訴える。
「本当に悪いんだがここじゃあ危険だ、近くのシェルターに行こう」
そんな急病人に今すぐ移動しろというのは人間として心苦しいところ。
しかし今から怪獣が来るらしいこの場所にとどめておくわけにはいかない。なのでオウイチロウはカガヤが楽に歩けるよう肩を貸す。
そして扉から外に出て、プレハブ小屋をあとにした。目的地はシェルターだ。
「ヨーゴにホノン、話を聞かせろ……歩きながらな」
フラッフラなカガヤにこれ以上喋らせるのは酷だと、松葉杖代わりになっているオウイチロウは思い、2人に命令をした。
「TDの伝達は間違いないのか? 何があった?」
「チルクス遊星人がジオレクスに復讐しに来てて、お抱えの怪獣が燃料補給のためにこの街の人間を喰っていくそうです」
「……なるほど」
ぎっちり要約されたホノンの報告を聞いて、オウイチロウは一旦飲み込む。
「今までの通りすがりの怪獣と違って、明確に人間をターゲットにしてます」
「だからTDと……よし、わかった」
「そんでオレ達も何かできると思って、戻ってきた次第です」
ヨーゴの付け足しの報告を聞いて、オウイチロウは「ありがとう、助かる」と感謝を述べる。
「だが実際、街が壊滅するレベルの怪獣相手にお前らが来たところで……」
何ができるのか……とまでは言わない。言わなくても伝わる。ヨーゴもホノンも思っているからだ。
怪獣からすれば人間など虫ケラ同然。ヨーゴやカガヤの戦闘力でようやくカブトムシレベルといったところ。だが虫ケラには違いない。
「ごめんなさいオウイチロウさん、そこのところはノープランです」
ホノンの馬鹿丸出しのぶっちゃけだが、オウイチロウは動じない。
「だろうな。まぁどれだけ考えたところで、良いアイデアが思い浮かぶものでもないだろうし」
「……オレなら陽動くらいはできるかと」
「そうしてどうなる? シェルターが見つかるのを遅らせるだけだ」
もちろん住民全員で大移動して逃げるなんてことは論外。ピースガイの領域から出た途端に野良怪獣に喰われるからだ。
そんな話をしていると、街中に警報が鳴り響いた。その数秒後にサダヒメによる放送が入る。
内容は先程打ち合わせた通り。住民達を散り散りにして、各シェルターに移動させるものだ。
ここまでは予定通りの放送。
しかし最後に『オウイチロウさん、至急監視塔へ来てください』と付け加えられた。
「……なんだ?」
打ち合わせにない放送。
オウイチロウは疑問を抱く。
「時間もないですし、とりあえず行ってみましょう」
そう言ってヨーゴはオウイチロウからカガヤの身を預かり、ヒョイッと背負った。身軽に動きやすいよう配慮をしたのだ。
そして一行は、数分で監視塔へと到着。
4人が監視塔の中に入ると、そこにはサダヒメが待ち構えていた。
「ホノンさんにヨーゴさん、カガヤさんも……なぜ街にいるんです?」
「それは後で説明する……俺に用事があるんだろサダヒメ」
サダヒメの当然の疑問を打ち切りつつ、用件を尋ねる。
「はい……緊急事態です」
「言ってみろ」
サダヒメは胸に手を当てる。そして緊張した面持ちで、次の台詞を紡いだ。
「監視役から報告がありました……望遠鏡で先程、はるか東に……うぅ」
「どうしたサダヒメ、落ち着け……焦らずゆっくりでいい」
尋常ではないサダヒメの汗の量。身もガタガタと震えている。
恐怖している人間のリアクションそのものだ。
「深呼吸だ、まずは深呼吸……落ち着いたら話せ」
ただ事ではない用件だと悟ったオウイチロウは、頭のなかであらゆる可能性を模索し始める。
「はぁ……はぁ……ジオレクスが、東から来ているとのことです」
サダヒメの報告は、オウイチロウが考えていた良くない可能性を、遥かに上回るものだった。
報告を聞いた他3人も言葉を失う。
絶望は絶望を呼ぶのだ。
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