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 地響きと共に歩いている青黒い怪獣の視線は、3人に向いていた。

 カガヤは自分の張った隠蔽魔術に自信があったが、ベタベタとした汗が全身から滲み出てきて止まらない。

 嫌な予感。もしかして……という不安が、彼の脳を支配する。しかし口には出さない。不安を伝播させてしまうと思っているから。

 だが残念なことに、その心遣いは無駄であった。

 ヨーゴもホノンも、同じように不安がっていたからだ。

 しかしここで動いてはいけない。推定で動いてはこの魔術の意味がなくなる。


「VARAAAAAA……」


 怪獣の視線は依然として3人に向いている。その状態で唸った。

 疑念は徐々に確信に変わっていく。

 そして


「VARAAAAAAAAAAAAM!!!」 


 ――吠えた。

 3人は本能で確信する。こちらのことが視えていると。


「時間を稼ぐ!」


 ヨーゴは叫びながら、首にかけていた鬼装のための数珠ネックレスの連結部を外し、空中高くに放り投げる。


「オマエら下がれ!」


 2人がパニックに陥りそうになったところをヨーゴの端的な指示が一喝。

 危うく考えなしに散り散りに逃げそうだったところで理性を取り戻す。


「鬼装天骸!!」


 鬼装開始のコマンドワードが叫ばれ、鬼装が開始されるとほぼ同時に、カガヤとホノンは背を向けて駆け出す。

 無論、ただ逃げるだけではない。距離をとるためだ。

 時間がない故にヨーゴは伝えられなかったが、2人にその真意は伝わっていた。距離を取り、火器と魔術で援護せよ……それが真の命令であると。


「とぅ!!」


 一瞬にして、赤い鬼の鎧武者へと変貌を遂げたヨーゴは一気に怪獣との間合いを詰める。


 頭部には赤い兜。顔には赤鬼を模した面頬。

 赤い甲冑を身体に纏い、肌は一切見えず。

 腰には大小の刀を備え、その姿はまさに絵巻物語の鎧武者。

 この鬼の鎧武者姿に変化するまでの時間はたったの1ミリ秒。

 ヨーゴが一瞬にして、このような姿になれたワケ――今一度、この鬼装のプロセスを解説する。


 ヨーゴの放った「鬼装天骸」という言葉は鬼装開始のコマンドワード。

 高らかに叫んだことで数珠ネックレスを構成するアダヴィニウム複合ナノメタルが起動し、瞬時に粒子化し振り注いだのだ。

 それらのナノメタルは瞬時に鎧武者甲冑スーツとして増殖・投射・整形され、鬼装を完了させたのである。

 この姿の名こそが天骸霊装『鬼牙』。

 魔術と科学を融合して作られたのが、この対怪獣用戦闘スーツである。


「うおおおおおおおおお!!」


 大きく叫ぶ。

 自分に気合を入れるため。仲間から注意を逸らすため。とにかく叫ぶ。


「VARAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAMA!!」


 呼応するように怪獣も叫びだす。

 同時に不気味な双眸が赤く輝いた。

 まるで電算機器のような光をみて、ヨーゴは今までの怪獣とは違うと感じ取った。

 しかしそんなことを考えたり気にしている時間はない。

 今はとにかく戦わねば、死ぬ。何者かを知るのは倒したあとでいいのだ。


 ――シャキン!


 高速で走りつつ鞘から刀を抜き、八相の構えの体勢を取る。走りながらでも維持しやすく、すぐに攻撃に移れるからだ。


 狙うは脚。

 兎にも角にも動きを止めねばならない。


「フンッ!!」


 ――ドシュン!!


 地面を蹴る力を高め、さらに加速する。おかげで限りなく音に近い速度に達した。

 威力増強のためと、万が一にも怪獣に斬撃を避けられないようにするためである。

 先手を打たれる前に動きを止める……初見の敵にはこれに限るとヨーゴは思っているのだ。


「ズァ!!」


 音速を目指し走りながらも、剣の間合いは見逃さない。


 ――ズババババババババ!!


 バッドを振るような動きで刀を振るい、走りながら怪獣の、ゴツゴツした青い鱗ごと右足首を斬っていく。

 高速の動きの中で距離を見極めるなど造作もないのだ。何度もやっているから慣れている。


 ――ババババババババシュン!!


 脚の終わりで刀を勢いよく振り抜く。

 もちろん両断とはいかない。しかし鱗の下の、肉の奥深くまで斬り裂いた手応えがある。

 充分な痛みを与えたはず……これで動きを止められるだろうと思い、ヨーゴは残心しつつ、少しの達成感と共に振り向く。


「なに……!?」


 確かに赤黒い血が地面に流れていた。しかし予想よりもずっと量が少ない。

 すでにヨーゴが与えた斬り傷は、特徴的な青い表皮に覆われかけているからだ。


「バカな……ありえん!」


 尋常ではない回復速度に、面頬の奥でヨーゴは驚愕して目を見開く。

 傷の再生が異常に速い怪獣は存在する。しかし滅多にいるタイプではない。片手で数えられるほどの種類しか観測されていないほどだ。

 傷を受けた直後に再生が始まるなど……有毒泥獣ヘドロアという怪獣が有名どころである。

 だがヘドロアという怪獣は全身がヘドロで構成されているという流動的な生命体。傷が治るというよりも傷が泥に埋まって結果的に消えるといった感じだ。

 

 この青い体表の、赤い目をした怪獣はしっかりとした肉体がある。このタイプの怪獣で傷口が数秒で塞がるのは非常に珍しい。


「VARAAAAAAAAM……」


 何かやったか……?

 そんなフウな意図を感じる振り向き方に唸り声。大して痛そうにもしていない。そこまでダメージも入っていないのだろう。 

 もう傷の治癒も終わってしまった。


「なんだコイツ……!?」


 さすがのヨーゴも驚愕を隠せない。

 ホノンすらも知らない謎に満ちた怪獣。斬撃の効果は薄い……どうすればいいのか、ヨーゴは頭をフル回転させる。


「まぁいい、そのままオレだけを見ろ」


 唯一幸運なのは、この怪獣の視線が完全に彼に絞られたことだろう。もうこの怪獣の目にはカガヤもホノンも見えていない。

 ターゲットはヨーゴに固定された。

 大ピンチだが、彼はまだ諦めてはいない。


 世界最高硬度を誇るアダヴィニウム製の刀ゆえに刃こぼれはなく、体力もまだまだ充分。

 効かないなら他を試すまで。相手が人智を超えた神の類でない限り、必ず有効打がある。

 軍人時代からの教訓を思い出し、ヨーゴは再び刀を八相に構えた。


「すぅぅぅ……ふぅぅぅ……」


 深く息を吸い、ゆっくりと吐く。

 正面には怪獣がいるというのに深呼吸とは呑気なことだと思われるかもしれない。

 だが落ち着くならば、やはり深呼吸が一番効く。

 不安でビビった状態で戦うのは、危険極まりない。絶体絶命の時こそ冷静さが必要なのである。


「いざッ!!」


 地面を踏み砕き、急加速したことで一気に最高速度に到達する。

 今度は怪獣の両足の間……つまり股ぐらに突っ込んだ。

 片側を切り裂ききっても効果が薄いのならば両方を……安直だがやってみる価値はあるとヨーゴは思っていた。

 もちろん、ただ一線に斬り裂く訳ではない。

 

「うおおおおおおッ!!!」


ズバズバズバズバズバズバズバズバズバズバ!!!


 股ぐら内で、滅多矢鱈に刀を振り回す。力を込めて、両足の内側を乱雑に斬り裂いているのだ。

 何箇所も何箇所も何箇所も……斬る。傷を増やすようにガムシャラに。


 斬り傷が増えれば痛みはその分増える、それに治癒するのに余計に時間がかかるハズ……そう思っての行動だ。


「ハァハァ……どうだ!」


 無茶苦茶に斬り抜けた股ぐらから脱出。

 そして尻尾の当たらない範囲に一次的に退却する。

 そして様子を見る。傷の具合はどうか……と。


「クソッタレが……!」


 結果はさっきと同じ。傷はみるみるうちに治っていく。

 いくら同時に傷付けても、再生速度は変わらないようだ。怪獣の様子から、痛みもないことがうかがえる。


「VARAAAAAAAA……」


 唸る謎の怪獣。

 ヨーゴはすでに次を考えていたが……良い案がまったく思いつかない。

 なにせ今は刀しかない。拳が通じるとは思えない……もはや詰みかと彼がそう思った次の瞬間。


 ――ドガァン!!


 怪獣の頭部で爆発が起きた。

 それがロケットランチャーによる攻撃だとヨーゴはすぐに察する。

 普段は怠けていても、ホノンは仕事ができるタイプ。そこに武器庫となっているカガヤもいる。

 ヨーゴは安心し、感謝した。

 自分一人で戦っているのではない……そう思えるだけで、少しだけ不安が消えたからだ。




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