21
それはローテーションで、ホノンが見張り番の時のこと。
「あぁん……?」
物音が聞こえてきた。寝ている2人による音でもなければ、風の音でもない。
一定のリズムでその音は聞こえてくる。
西の方向からだ。ドン……ドン……と地面を揺らす音。嫌な思い出がよみがえってくる、聞き馴染みのある最悪な音。
安らかな睡眠の時間など、この地ではすぐに終わってしまうのだ。
「……ヨーゴさん! カガヤさん!」
ホノンは急いでテント内に飛び込み、寝息を立てていた2人を大声で呼び掛ける。
「……ホノンさん? なんでしょう?」
「なんの音だ?」
カガヤは上半身を起こして、目を擦りながらホノンに問いかける。
対してヨーゴはすでに立ち上がっていて、異音にも気がついていた。
「ほぼ間違いなく怪獣かと思われます、どーしますか?」
いつも通り、ホノンは上司であるヨーゴに指示を仰ぐ。
一瞬だけ考えて、ヨーゴは指示を出し始めた。。
「まずは諸々の片付けからだ、怪獣についてはカガヤの魔術でやり過ごすぞ」
危機的局面では端的で素早い指示と、的確な判断が重要となる。ヨーゴにはそれができる。この怪獣戦国時代を過ごすうちに、自然とできるようになったのだ。
ヨーゴの指示通り、カガヤと一緒になってホノンは片付けを手慣れた動きで始めた。
刻一刻と迫ってきている怪獣を安全にやり過ごすため、スムーズに動かねばならない。
カガヤが地面に描き出した収納魔法陣に、どんどん荷物を投げ込んでいく。すると荷物は水に沈むようにして消えていった。ホノンはいつも、楽で助かりますと一言添えているが、今はそれどころではない。言葉一つすら時間の浪費だ。
「カガヤ、例の隠れる魔術の準備を」
片付けを終えて、収納魔法を解いたカガヤに、ヨーゴはすぐに次の指示を出す。
「……了解です」
ギクシャクしているが、命がかかった場面でそんな日常的なことは言っていられない。一時協力体制を敷かねばチームが一瞬で崩壊してしまう。
なので少し不満は残るが、カガヤはそれをグッと飲み込んだ。
そんな彼は静かに呪文を唱え始める。
「『求めは静寂』『万象よ我が身を隠せ』」
呪文を唱えるとすぐ、地面に紫色に淡く光る円状の魔法陣が一瞬で描き出される。直径5メートルほどの……以前と全く同じモノである。
「展開完了しました」
「よし……ならば全員隠れるとしよう」
存在を認識させない魔術の有用性はすでに実証済み。性能を疑うようなことはない。
なのでヨーゴもホノンも怯えるようなことなく、効果適用中の魔法陣の中に入っていく。
その間にも、怪獣の足音らしき轟音は近づいて来ていた。
「ホノン、音はどこから聞こえてくる?」
「……西です、間違いないです」
「だよな……また西か」
ここまで連続して西から脅威がやってくるなど、何かあるとしか考えられなかった。
怪獣無法地帯と化したこの無限の荒野では、怪獣とランダムに遭遇するのが普通である。
怪獣にもそれぞれ縄張りがあり、そのエリアを定期的に見回る。科学が発達していた時代なら把握できたであろうが、現在の人間はそれらを一切把握できない。だからランダムに遭遇してしまうのだ。
「……そろそろ来ますね」
地響きから接近を察知したホノンは2人に伝える。それを聞いた2人は一応の戦闘態勢をとった。万が一、魔術が通用しない場合を想定してである。
サッドンの時には大丈夫であったが、油断はしない。怪獣にもそれぞれ特異な個性があるからだ。
「……来た!」
ホノンがいち早く目視で確認。まだ距離は500メートル以上も離れているが、目の良い彼女は姿を確認できた。
「なにあれ……? あんなの知らない」
それだけ言って、ホノンは口を閉ざして考え始めてしまう。
「どうしましたホノンさん?」
「カガヤ、オマエも見てみろ」
2人はホノンほど目が良くない。だが距離が少しづつ近づいているゆえに、だんだんとハッキリ見えるようになっていく。
「カガヤ、あの怪獣を知っているか?」
「見たことないです……あんなの師匠からも聞いたことがない怪獣です」
それは地響きと共に、3人のいる場所にゆっくりと近づいて来ていた。
直立二足歩行をするイグアノドンといった風貌。それだけなら怪獣によくある外見。
しかし青黒い血肉が皮膚上に浮き出たような、生物的に不自然な生々しさのあるゴツゴツした表皮に、ライトのようにジンワリと赤く光る眼をしている奇妙な怪獣であった。
鼻先と両肩にはそれぞれ鉄の槍のようなモノが突き刺さっている。元々刺さっていたという感じではない。何者かに刺されたようにしか見えなかった。
「なんなの……気持ち悪い」
怪獣の見た目は千差万別。奇妙奇天烈何でもござれであるが、この怪獣はどこか異質であった。
生物でありながら生物でないような外見。機械というには生物的な見た目。
そのチグハグさがホノンには、気持ち悪く見えたのだ。
『ホノン』
「……!?」
声が聞こえた。ヨーゴでもカガヤでもない。だが知っている声。
「リリ……さん……?」
「どうしたホノン?」
「リリさんって、いつの間にか消えちゃったあの幽霊ですか?」
「……なんでもないです」
2人のこの反応から、今のリリの声は自分にしか聞こえていないのだとホノンは判断した。だからもう言及しない。いちいち説明する暇もない。
『あれが私達の村を壊した怪獣……怪獣をも襲って殺す凶暴な怪獣……今すぐ逃げて』
「……!?」
今のリリの台詞が本当ならば、この一連の事態の真相に近いのではないか……そうホノンは考える。
警戒心のつよいベゴサウルスやサッドンが縄張りを離れ、バリケードタウンに襲来したこと。
強豪怪獣であるバーパドンが無残に殺されていたこと。
一連の事件が無関係なはずがない……そうホノンは考えた。
『全部あいつのせい……あいつを操る宇宙人のせい』
「宇宙人……宇宙人か」
2人には聞こえない声で、リリから聞いた言葉を反芻する。頭の中で情報を整理するためだ。
そして彼女は脳をフル回転させ、考え至った結論を2人に伝えることにした。
「ヨーゴさん、カガヤさん……ちょっと聞いてください」
「こんな時になんだ?」
「どうかしました?」
振り向いた2人に、ホノンはすぐに話し始める。
「あの怪獣が、この一連の事件の犯人の可能性があります」
ありのまま。
考え至った結論を包み隠さず話す。
「ベゴサウルスもサッドンも、アイツがいるから縄張りから出てきたんです……バーパドンを殺したのも、あの怪獣と思われます」
「……何を根拠にそんなことを言う?」
「あの怪獣は恐らく宇宙人の戦闘兵器です……あの不自然に刺さった鉄槍が、コントロール電波の受信器かと」
「根拠を示せと言ったんだ、推論を聞かせろとは言っていない」
そう言われ、ホノンは黙ってしまう。
2人には聞こえない幽霊の声から考察したんです……とはさすがに言えない。根拠と認められる訳がない。
「こんな時にフザケたことを言うな、おちゃらけるなら終わってからにしろ」
少し怒ったらしいヨーゴに、ホノンは強めの注意を受ける。
そんな彼女は聞こえないよう、小さなため息をつく。彼女も正直、信じてもらえるとは思っていなかった。
2人には彼女が妄想を垂れ流しにしたように聞こえたのだ。
なのでホノンはこれ以上話しても無駄だと考えた。
「ヨーゴさん、ホノンさん……様子がおかしいです」
震えた声で、カガヤが2人に話しかける。
「どうした、カガヤ」
「あの怪獣……こっちを見てます、というか睨んでます」
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