20
ヨーゴがカガヤに言ってほしかったセリフは、非常にありふれていた。言ったことがない人間なんていないであろうレベルだ。
彼がやったことを考えれば、少なくともホノンには言うべきこと。
何も難しくはない。
幼い子供でも言える。
たった一言でもいい。
その程度のセリフすら出てこなかったから、ヨーゴはカガヤを見損なったのだ。
「あっ……ちょっと待ってくださいよ!」
ピリピリした空気に萎縮していたホノンは、とりあえずヨーゴを追いかける。
「あー……カガヤさんも早く行きましょ」
「……はい」
先を行くホノンに招かれ、カガヤは2人の後を追うように歩き始めた。
別行動をする理由も利点もないため、いくら関係が拗れようとも一緒に行動する他ない。
「……」
「……」
ヨーゴもカガヤもまったく話さない。
普段から2人とも、必要以上に話すタイプではないのだが、今回は雰囲気が違う。
険悪ムードなのだ。
沈黙状態で歩き続けるなか、2人の後ろにいるホノンだけが極めて息苦しい思いをしている。
目的地がハッキリしているならまだ我慢できる。しかしこの旅の目的地はとにかく西方面というだけで不明瞭。
つまり、いつこの不快な沈黙が終わるのかわからない。それがホノンにはストレスであった。
彼女がどうにかして2人の仲を取り持つ方法はないかと考えているうちに、空は暗くなっていた。
今日は怪獣と戦って皆疲れ切っている。体力回復のために早めに休むべきだとホノンは考える。
「ヨーゴさんもカガヤさんも、今日はもう休みましょー……?」
そしてこの休みついでに、2人が仲直りすることを期待した。
「……そうだな」
「……はい」
ホノンの提案に、2人は素っ気ない返事をして立ち止まり、すぐに黙々と野宿の準備を始める。
しかし協力する作業は一切しない。各々が別々の作業に従事している。
その光景をみて、ホノンはゲンナリする。
アッサリとした仲直りは期待できず、ジットリと長引くと思ったからだ。
今度こそ決裂するんじゃないかとヒヤヒヤしながら、ホノンは2人の様子をうかがいながら、ヨーゴのテントの設営を手伝う。
すでに一度対立していて、大して間も空いてないのにもう二度目ときている。ホノンが不安がるのも無理はない。
「あのぉ〜……ヨーゴさん」
「なんだ?」
リュックサックからテントを固定する器具を取り出しているヨーゴに、ホノンは恐る恐る声をかける。
「そのですねぇ〜……カガヤさんとお話とかなさったりぃ……」
「話をするならアイツからだ、オレからじゃない」
「そぉ……ですか……」
取り付く島もない。ヨーゴはホノンの方に振り向きもせず、テントの固定作業を続ける。
今のこの短い返答だけで、彼にカガヤと対話するつもりがないことがわかった。
「向こう手伝ってきまーす……」
説得はまだ難しいと考えたホノンはヨーゴの元を離れ、食事である缶詰の準備をしているカガヤへと近寄っていく。
そのついでに彼の手にしていた缶詰をチラ見した。内容を知るためだ。
缶詰には堅苦しい字で、軍用栄養補給食と記されていた。得体のしれない茶色いドロドロが入っているのを、ホノンはよく知っている。
彼女はそれが大嫌いであった。木材のような匂いで、さらに味がしないからだ。
今日の夕食に気を落としつつ、カガヤに話しかける。
「カガヤさーん……ちょっといいですかぁ?」
「はい、なんでしょう?」
ヨーゴの素っ気ない態度とは違い、カガヤはちゃんとホノンの方を見た。それだけのことでホノンは対話の余地があると思ってしまう。ヨーゴの対応が酷すぎたせいかもしれない。
「ヨーゴさんとお話って……」
「その件ですか……」
見るからにカガヤの表情が曇る。
しかしヨーゴのように会話を拒絶するような態度は見せない。
つまりマトモに会話ができるということ。
曇っていくカガヤとは逆に、ホノンは少しホッとした。
「ボク……あの人に何かマズいこと言っちゃいましたかね」
ヨーゴと付き合いの長いホノンなら、何か知っているだろうと踏んだカガヤは、ヒソヒソと小さな声で恐る恐る問う。
「別に言ってないと思いますけどね〜……ちょっと意思表明をしただけですもんね」
ホノンも同じくヒソヒソと話す。ヨーゴ本人にはあまり聞かれたくない会話だからだ。
「……それが癪に障ったカンジでしたよ?」
「そーなんですよねぇ〜……何がマズかったんでしょ?」
カガヤもホノンも見当がつかない。
特に悪いことを言った覚えはなく、何ならこれからより一層頑張るという意思表示までしたくらいだ。
普通なら「おう、頑張れよ」とか「期待しているぞ」とか……そういうプラスなことを言うところである。
しかしヨーゴはキレた。胸ぐらを掴むほどに。
長い付き合いのホノンも、あれほどまでに怒ったヨーゴを見るのは初めてだった。
普段から取っつきにくい仏頂面で自他共に厳しい頑固者だが、あそこまでハッキリと怒ることはホノンの記憶では一度もない。
「余程のことがあったか、精神的に余裕がなかったか……ですかね」
「怪獣を倒しておいて余裕がないとかありますかねぇ〜……普通ならテンションマックスなんですけどねぇ〜」
しかしそうはならなかった。
奇妙な幽霊に邪魔されたせいというのもある。
だが最初からヨーゴは、カガヤに突っかかっていた。喜びを分かち合うよりも批判を選んだのだ。
「ボクの何が気に入らないんでしょうか……」
「ん〜……カガヤさんが魔術が使えるのを妬んでるとか?」
「あの人には鬼装って、魔術に勝るにも劣らない武器があるのに……それはないと思いますが」
2人……というよりカガヤだけは野宿の準備をしながら考える。対してホノンは、何もせずボケっと突っ立って考えていた。
「ホノン」
「ひゃい!?」
ヨーゴの突然の呼び声に、不意を突かれたホノンはかしこまった姿勢で硬直してしまう。
そして恐る恐るヨーゴの方に体を向けた。
「喋ってばかりいないでオマエも準備を手伝え」
「……はーい」
話し合いが聞かれていたのかと思っていたホノンは、少しだけホッとした。別に聞かれて困る話はしていなかったが、ヒソヒソ話だったゆえ何となく気まずいのだ。
「椅子を用意しろ」
「……イエッサー」
ホノンは3人分のキャンプ用折りたたみ椅子を手渡され、ヨーゴによって設営が完了したテントの脇へと向かう。
特にこの椅子は誰のとか、そういう指定はない。ただ置くだけでいい。実に簡単な作業であった。
だからこそサボれず、すぐに次の作業を聞きに行かねばならない。それが彼女には億劫であった。
早いところ仲を取り持ち、関係を修復したいところなのだが、まだ良い案が思い浮かんでいない。そんな状態で双方と話すという独特のプレッシャーが彼女の精神を病ませていくのである。
「椅子並べときましたよ〜……」
「じゃあ飯にするか」
ヨーゴのそのひと言を聞いたカガヤは、缶詰を3つ黙って持ってくる。
それらを渡す時も、言葉はない。誰も喋らない。雰囲気があまりにも重かった。
いただきますという当たり前の挨拶すらなく、各位黙々と食べ始める。
手に持っている軍用栄養補給食はいつも味気ないが、今宵はいつにも増して味がしないとホノンは感じた。
塩コショウなどの調味料で誤魔化したいが、無論この旅に不必要な代物がある訳がない。
食事というよりも摂取に近い行いをし終えた3人は、ごちそうさまも言わずに片付けを開始。
焚き火を起こして、いつも通りローテーションで睡眠を取り始めた。
もちろん誰も喋らなかった。
眠りにつこうとするホノンはギュッと目を閉じて、さっさとこの嫌な状況を終わらせようと決意した。
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