19
うつ伏せに倒れている全長25メートルの、真っ黒焦げな血まみれ一頭身幽霊の頭頂部に、3人は集まった。
「さて……さっそくだが」
ヨーゴは鬼装を解いていた。
装着し続けているだけでも体力を消耗していくからだ。なので倒れて動けなくなる前に解くのが鉄板ムーヴである。
「カガヤかホノン、コイツに痛いのお見舞いしてやってくれ」
「了解で〜す」
「……」
返答したのはホノンのみ。すぐさま腰のベルトに差していた拳銃を構える。
一方のカガヤは、バツが悪そうな顔をしてうつむいていた。
「んじゃ撃ちますよ~」
――パンパンパン!!
乾いた音とともに血飛沫と焦げた皮膚が宙を舞う。
一頭身幽霊に動きや声などの反応はなかった。
死体を撃った感触も、ホノンにはあった。
「やっぱ死んでますよ〜、この元幽霊」
「……勘の良いオマエがそんなフウに気楽に言うなら、そうなんだろうな」
ホノンの危機察知能力がずば抜けていることはヨーゴもよく知っている。何なら当人よりもその能力の鋭敏さを理解しているだろう。
しかしまだ油断はできない。
怪獣の死亡確認は慎重さと正確さが求められる。安易に死亡したと判断した結果、死んだフリをされて被害が余計に拡大したという事例も多々あるのだ。
「カガヤ、オマエはどう思うね」
「……どうでしょうね、見た感じは呼吸もしていないようですが」
「こいつ……カサオは最初から死んでるよ」
言い淀むカガヤの背後から、見知らぬ女の声が聞こえてきた。
何者かと思い、3人は声のした方向を見る。
そこには貫頭衣を着用した、三つ編みの髪と鼻頭のそばかすが特徴的な、みすぼらしい少女がいた。
「誰だオマエは」
訝しむ表情を浮かべるヨーゴの声色は、質問ではなく命令。
この世紀末の御時世、突然現れた不審者に、問いかけるような優しさなど必要ないのだ。たとえ10歳くらいの女の子であってもである。
「カサオは魂のエネルギー切れで動かなくなったの」
「何を言ってる……オレはオマエに誰だと聞いたんだ、答えろ」
「私はリリ」
「……ならばリリ、オマエはどこから来た」
「西にあった村……機械の怪獣に襲われたから、もう滅んでる」
「ん〜……その西の村から逃げてきたってことかな?」
年端もいかない女の子に対し、ヨーゴは尋問のように問い詰めていく。
それが嫌になったホノンは、無理やり話に割り込んだ。
「そう……でも逃げた先で、追ってきた機械の怪獣に私達は殺された」
「……見た感じ、生きてるようだけど〜?」
「私は、その怪獣に取り込まれた霊魂のひとつだった……私を含む村の人間達の怨念に満ちた霊魂が融合・具現化して、その怪獣カサオになった」
喜怒哀楽を感じさせない平坦な声で、少女はつらつらと話す。
「オマエが何を言っているのかサッパリわからん、オレの質問にのみ答えろ」
「世界のバランスはとっくに崩れてる、だから魂だけだったはずの霊は怪獣カサオとなって顕現し、生命体らしく振る舞えた」
ヨーゴの説明を無視してリリという少女は話を続けた。
依然としてヨーゴらには、この少女の言っていることが理解できない。
「活動のエネルギー源だった呪われた霊魂は、あなた達が消耗させ切ったから……だから動きを止めた」
ここで3人は少女に背を向け、ヒソヒソと話し始める。無礼は承知の上だ。
「……このクソガキ、村が滅んだショックで狂ったのか?」
「でもリリちゃん、ウソ言ってるようには聞こえないっすよね〜……」
「魔術的観点からすると……怨霊が実体を得るってのは、ありえない話でもないですね」
「おっ……理解できるんだな? カガヤ」
「……専門外ですが多少は」
「ならオマエがあのクソガキと話せ」
「……了解です」
決まったところで密談終了。3人はリリの方へと振り向いた。
しかし……。
「消えやがった……?」
「いな〜くなっちゃいましたね?」
「足跡もないですよ……」
痕跡一つ残さず、リリという少女は姿を消していた。周囲を見ても人影はない。気配もしない。
一頭身幽霊怪獣の死骸の陰にでもコッソリ隠れたのではと思った3人は徹底的に探してみる……が、結局見つからなかった。
最初からそこにいなかったかのように、彼女は姿を消したのだ。
「マジに幽霊だったのか……それとも幻覚だったか、どっちだと思う?」
「魔力の残穢も感じませんし……集団幻覚を体験したのでは?」
「そうですね……ウチも幻覚と信じたいんですが、なーんか嫌な実感があるんですよね〜」
当人のリリが消え失せてしまった今、答えはもう判明することはない。
「あのリリとかいうクソガキのことは、もう考えるのはやめて幻覚だったということにする……そんなことよりもだ」
しばらくの沈黙の後、ヨーゴはゆっくりと話を切り出す。
「オレ達だけで怪獣を殺せた……後味の悪い茶々を入れられたが、それでも挫けず祝うとしよう」
エピローグは何であれ、怪獣を殺した事実は変わらない。
武装した軍隊もなしに、たったの3人で成し遂げた……紛れもない快挙だ。世紀末世界になる前ならば、英雄として称えられたであろう。
そんな功績を思い出したヨーゴとホノンは、自然に自ずと向き合ってハイタッチをする。
「ほらカガヤさんも〜……って、どうしました」
カガヤだけは浮かない顔で、うつむいていた。
「ボクは黒焦げにしただけで、役に立ってないんで……」
うつむいたままそう答えるカガヤの表情は、悔しさと恥ずかしさが同居しているようだった。
明らかにみっともない恥を晒した……そんな思いがあるからだ。
「カガヤさん、そんなことありま」
「そうだな、オマエは大して役に立ってないな」
充分なダメージは与えられた……そうフォローしようとするホノンの言葉を遮って、ヨーゴは忌憚のない意見を発した。
思いやりやデリカシーの欠けた意見だったが、絶対的な真実である。ゆえにカガヤは自嘲気味に薄ら笑いを浮かべる。
「あぁそうです、ボクは役立たずです。ちょっと強い魔術を使えばへばっちゃうし、怪獣にはそもそも通用しないし……」
「パニクって逃げるという醜態も晒したな」
「ちょっとヨーゴさん!!」
さっきから聞いていればカガヤの心を抉るようなことばかり。さすがにこれ以上、ホノンは彼に話させようとは思わなかった。
「いくらなんでもヒドいですよ、そんなに言うことないじゃないですか!」
「オマエのいる狙撃地点に向かって逃げたこの男を励まそうっていうのか? ずいぶんとお優しいことだな」
フンッと鼻で笑うヨーゴ。その顔は確かに笑顔ではあったのだが、眼だけは違う。カガヤを見る眼は据わっていた。
「あ~……それとこれとは話が別です」
「別なものかよ……役立たずなのはまだいいが、他の誰かに余計な迷惑かけるってのは、よくないだろう」
逃げただけならば普通に励ませたかもしれない。しかし今回、カガヤはホノンを危険に晒しかけた。仲間である人間をだ。
「まったく冗談じゃないぞ……役立たずなうえに、他人に迷惑までかける最悪の足手まといが仲間内にいるなんてな」
カガヤは何も言わない。
全く持って、その通りだと思っているからだ。
「……まぁいい、いつまでも黙ってないで何とか言ってみろ」
カガヤはヨーゴの言葉を甘んじて受け入れていた。しかしどうしても一つだけ、伝えたいことがあった。
「……ボクにだってプライドはあります」
粉々に砕け散った。しかし失ってはいないものが確かに心のなかにある。
「次は……うまくやってみせます」
絶望はしたが諦めてはいない。泣いて落ち込みはしたがやり直してやろうと意気込める。
いくら挫けようと立ち上がれる。そういう強さがあると彼は師匠に言われたことがあった。
不屈の精神。それが彼の武器であった。
「だからもう一度だけでもチャンスを」
「ふざけるなよオマエ」
カガヤはヨーゴに突然詰め寄られ、胸ぐらを強く掴まれる。
「何か言ってみろとは言ったが……プライドがあるだと? 身勝手な行動をしておいて、もう一度チャンスだと? よくそんな言葉を吐いたな」
怒鳴りはしないが、確実な怒気を放っていた。
カガヤは今、自分のプライドを胸を張って主張できる立場にないし、するべきでもないとヨーゴは思っていた。
現実として起きたことを考えれば、口が裂けても言えないはずの言葉……それを言ったのが、ヨーゴは許せなかった。
「汚名返上なら勝手にやるがいいさ……まったく残念だよ、カガヤ」
そう言って、ヨーゴは一転して悲しそうな表情をしながら、カガヤの胸ぐらから手を離した。
「カガヤ、オマエを見損なった……悪いがな」
そう言って、ヨーゴはその場を立ち去ろうとする。向かうは当然、西だ。
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