18
自分は幸運で特別な人間……否、魔術師のヒーローだとカガヤは自負していた。
バリケードタウンに来るまでは。
自身の非力さを実感し、打ちのめされた。
一人旅の最中、怪獣から逃げ続けてきたゆえに、まともな実戦経験がない。
それがベゴサウルスに敗北した原因だと彼は考えた。
だが違った。
今のでもっと根本的な部分が足りていないのだと理解した。
実戦経験も充分とは言えないが、足りていないのは他にも山ほどある。
場数だけの話ではないのだ。
実力も。才能も。努力も。覚悟も。信念も。
何もかもが、全然足りていない。残念ながら、もはや何もないに等しいレベル。
カガヤはヒーローに憧れていた。ボルケーノ・ウィッチのようなスーパーヒーローになりたいと願っている。
母であり姉弟であり、師でもあった彼女のように、人々のために戦いたいと思っていたのだ。
――何一つ充分じゃないくせに、何と滑稽でおこがましいことか。
どこにでもいる孤児が、たまたまボルケーノ・ウィッチに拾われた……それだけの存在。
それがカガヤ。
境遇的には間違いなくラッキーではある……が、特別な存在という訳ではない。
特別だと思い込んでいただけだ。
カガヤという少年の魔術の才能は並程度。
つまり、どこにでもいる凡庸な人間ということ。彼はそれを理解していなかった。
身の程知らず。ヒーローになる資格も資質もない……師匠のようなヒーローにはなれない。
ならば何が彼に残るか?
今のところ、魔術が使えるだけの小市民だ。
思い上がりも甚だしい。
「カガヤ逃げろ!」
精神を圧し折られたカガヤに、ヨーゴの声は届かなかった。
それでも目の前に黒く焦げた脅威が迫っているため、逃げはする。無我夢中で。
「うわああああああああ!?」
今の彼は恐怖心に支配されている。
冷静さなどなくなっているのだ。
「助けてくれぇぇぇぇぇぇぇぇ!?」
敵に背中を向けて走る彼には、さっきまで勇敢に戦っていた姿は見る影もない。実に情けない姿であった。
フォームはぐちゃぐちゃで今にも転びそうで、スタミナの管理はかなぐり捨てたようなデタラメな走り方だ。間違いなくすぐにバテてしまうだろう。
「けひっ……かはっ……はぁ……ゲホッゲホッ」
案の定、三分ほどでバテてしまった。
彼にとっては依然として走っているつもりなのだが、速度は歩きと大差ない。
「ハァハァ……イヤだ、ゲホッ……死にたくなぁゲホッゴホッ……イヤだぁ……!」
黒焦げ一頭身幽霊に追いつかれるのも時間の問題。
その時だった。
――ドパァン!!
乾いた銃声が響き渡る。カガヤは驚いてしゃがみ込んでしまった。
――ドチュバァン!!
「URAAAAAAAAAAAAGYAAAAAAA!?」
大きいサイズの弾丸は一頭身幽霊の左眼球に着弾。視力を奪い去った。
「まったく……逃げろっつわれても、こっちに走って来ないでくださいよカガヤさ〜ん」
ホノンが小さく呟く。
撃ったのは彼女だ。
使ったのは高威力の対戦車ライフル。
うつ伏せになってしっかり狙いを定め、引き金を絞って撃ったのだ。
平地ゆえに逃げ隠れはできないが、射線を遮る障害物もない。よほどのヘタクソでもない限り、撃てば当たる環境だ。
「ひっ……ヒィィィ!?」
チャンスとみたカガヤは、ホノンがいる場所へと一目散に逃げる。みっともない叫び声を上げながら、下卑た雄に追い詰められた雌のように。
「だからこっち来るなってば〜」
――ドパァン!!
愚痴りながらも、逃げるカガヤを援護する。
弾丸は一頭身幽霊の右膝……ヨーゴの付けた傷口に着弾。肉片と鮮血が飛び散った。
「URAAAGYAAAAAAAS!?」
痛みとともに動きが制限された一頭身幽霊は、悔しさと苦痛が入り交じったような叫びを上げる。
「まぁいっか……あとは頑張れです、ヨーゴさん」
素早く起き上がり、対戦車ライフルを肩に担いで逃げる準備を始めたホノンは、ヨーゴに小さな声でエールを送る。
カガヤがこの狙撃場所へと逃げてきているため、ホノンは巻き込まれる前に退散することにしたのだ。
「そ……そんな……!?」
ホノンが銃を担ぎ、背を向けて逃げていく姿を見て、カガヤは泣きそうになった。
見捨てられたと思ったからだ。
戦力としても、人間としても、見限られてしまったと思ってしまったのだ。
「うっ」
ドシャっ
精神が揺らぎ、周囲のことが見えなくなっていたカガヤは足元にあった小石につまづき、前のめりに転んでしまう。
普段なら気が付き、避けられていたミス。これほどまでに注意力散漫、今のカガヤは使い物にならない。
そんなモノに一頭身幽霊は襲い来る。復讐のチャンスと言わんばかりの、小さな人間への憎悪に満ちた表情で。
しかしその憎悪が晴らされることはない。
――ズバァン!!
高速で追いついてきたヨーゴの刀の一振りによって、左膝の裏の肉を深く断ち切られる。
これにより一頭身幽霊は転倒。
起き上がろうにも今までの攻撃により両脚が機能不全。
もうあちこち動くことはできない。
動きを封じた。
「さて……どこを斬れば死ぬんだ?」
ジタバタと手を動かし、虫のように地面を這いずる一頭身幽霊に尋ねる。もちろん答えなど返ってこない。
「黒焦げにはなったが死なない……だが、とりあえず血が出るんなら、失血死はするのか?」
刀を晴眼に構えながら、カガヤは呟く。
そしてすぐにダッシュ。目標は一頭身幽霊の右手首。
――ズバァン!!
そこまでダッシュで駆け寄り、刀を振るって深く斬り裂いた。
一頭身幽霊の悲鳴とともに、おびただしい量の血が流れる。
そしてヨーゴは気が付く。一頭身幽霊の悲鳴の力強さがなくなっていることに。
このことで、出血が効いていると彼は判断した。
目標は火炎で焼かれても生き延びるタフさを持っているが、限界はある。
火責めがダメならば、失血で死ぬまで斬り刻み続けるまで。
「うおおおおおおおお!!」
――ズバァン!!ズバァン!!ズバァン!!
一頭身幽霊の全身を周りながら、乱暴乱雑に、それでいてなるべく血が流れるよう深く深く斬っていく。肉を抉るように斬り込んでいく。
地面の至るところに、血の溜まり場ができるように。
もはや型など気にしなかった。とにかく剣を振るいまくった。
そして100と26回ほど斬ったその時。
うめき声を上げていた一頭身幽霊の声が止まった。そしてすぐに動きも完全に停止した。
「はぁ……はぁ……ヤッたか?」
息を切らしながら、目標の様子をうかがう。
見た感じは完全に死んでいる……しかし相手は怪獣、油断はできない。死んだふりの可能性も充分にある。
「クソ……おーいカガヤにホノン、こっち来てくれ!」
一人での死亡確認は難しいと判断したヨーゴは応援を叫んで呼ぶ。遠く離れているから叫ぶしかなかった。
とりあえず魔術でも爆弾でも撃ち込んでもらって、目標の反応を見ようと彼は思ったのだ。
「呼ばれてる……行きましょっか、カガヤさ〜ん」
ヨーゴの叫びに気が付いたホノンは、隣に座り込んでいるカガヤに言うが「無理です」と返答が来た。
「なんでまた無理だなんて」
「恐ろしいんですよ、怪獣も……ボクも」
「そーいうの良くないなぁ〜、逃げ癖ついちゃいますよ〜」
カガヤは挫折を味わい、目に見えて落ち込んでいた……だが特に事情を聴くわけでもなく、ホノンは彼の髪を掴む。
「いででで!? 何するんですやめてください!?」
ぐいっと引っ張り、無理やり立たせた。
「たぶん怪獣の死亡確認ですんで、魔術が使えるカガヤさんには来ていただかないと」
「ボクなんか役に立ちません! だから髪離してください!?」
「ヨーゴさんのとこまで行ったら離しますよ〜」
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