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15

 言い合いの後、軽い朝飯を歩きながら摂取し、それからまた半日ほど歩き続けた。

 時刻は昼過ぎとなり、脚も疲れてきたため、そろそろ食事にしようと3人は座って休憩を取ることとなった。


「お疲れ様で〜すカガヤさ〜ん」

「お気になさらず……あとはよろしくです」


 休憩中も警戒は必要なため、ローテーションを組んで見張りをしている。

 カガヤから交代して、今度はホノンが当番の時間だ。


「……何か見えるか?」


 しばらくして、パッサパサの不味いレーションを頬張りながら、ヨーゴは双眼鏡を覗いているホノンに問いかける。


「な〜んもありません、開けた荒野がずっと続いてます。怪獣もいないっぽいです」


「ならいい」


 当たり前だが、怪獣はこちらのことを気にしてくれない。

 休憩中だろうとお構いなしに出現するのが怪獣である。当然油断などできず、ホノンはビクビクしながら見張り番をしていた。


 そんな状態でも、彼女はまだあのバーパドンの死骸のことが心の隅で気になっている。

 何故なら死骸となったバーパドンの顔が、どこか怯えたような表情になって固まっていたからだ。必死さを感じる……そんな表情であった。


 怪獣は人間のように感情を持つという説もある。

 その説が本当ならば、バーパドンも例外ではないだろう。


 だからこそ疑問なのは、恐怖の対象から何故逃げなかったのか……というところだった。

 怪獣とて生物。恐怖からは逃れるのが普通だ。

 バーパドンは自由自在に空を飛べる。逃げる以上、痛手は負うだろうが、逃げ切れないほどノロマでもない。それこそ大怪レベルを前にしても逃げ切れるであろう機動力を持っている。

 そんな怪獣がむざむざ喰われて死んだ。

 ホノンはそこが不可解で仕方がなかった。


 ――もしかして逃げ切れなかった?

 自分で考えておきながら、そんなことがあり得るのかと疑問に思う。もしそうだとしたら、大怪の可能性はさらに高まる。


 さまざまな考えが脳内を巡り巡っているが、今は真実を確かめようがない。


「はぁ……」


 双眼鏡を覗きながら、誰にも聞こえないように小さくため息をつく。聞かれたらヨーゴに怒られてしまうだろうからだ。


 正直なところ、ホノンはカガヤの意見に賛同してさっさと帰りたいと思っていた。

 ヨーゴのような使命感もなければ……カガヤのように、成し遂げなくてはならないことがある訳でもない。

 ただの一般人なのである。少し怪獣の知識があるのだけが取り柄な、臆病でひ弱な女なのだ。

 帰りたいと思うのが自然である。


 ならばどうしてヨーゴの意見に賛同したのか?

 ――それは好奇心のためだ。

 自分でも抑えきれない好奇心が、危険を顧みず調査せよ……と、強く訴えかけてきたのである。

 彼女は湧き上がる好奇心に抗えないタチだった。


 自分の命が一番大事で、危険なことは大嫌いで関わりたくもない。安心安全に日々を過ごしたいと心の底から願っているのに、知りたいという好奇心のせいで平穏をポイッと捨ててしまう。

 そんな矛盾している自身の性質に、ホノンは昔から難儀していた。

 

「そろそろ出発だ、今度は夜までノンストップで行こう」


「……は〜い」


 考え事をしている最中だったホノンはヨーゴの一声に少し驚きつつも、持っていた双眼鏡をリュックにしまった。


 向かうのは、あいも変わらず西。先には何もなく、ただ荒れ果てた大地しか見えない。

 この先歩いていけば、確実に何かあると3人は考えているが、抱く思いは三者三様。

 一人は生存のため。

 一人は使命感のため。

 一人は好奇心のため。

 どうしようもなく息が合っていないが、もはや相容れないと、彼らは話し合わずとも理解している。それでも一緒に旅をしなければ、この怪物だらけの土地では生き残れない。

 他に頼れる人間などいないのだから。


「……おい待て」


「なんですか〜?」

「なんでしょう?」


 あとに続く2人の歩みを止めたのは、背後から何か気持ちの悪い違和感を覚えたからだ。

 ヨーゴは神妙な面持ちで全員の後ろの……やや上空を見る。すると彼の表情は怪訝な表情に変わった。


「異常事態だ……警戒しろ」


 気になったがカガヤとホノンも続いて、ヨーゴの視線の先を見る。

 見た瞬間、すぐに気がついた。誰の目にも明らかな異常事態。

 3人が歩いている背後に、長い髪をした真っ白い肌の女の生首が断面から血を流しながら、浮かんで揺れていた。表情は髪に隠れて見えない。

 真っ昼間に堂々と現れたソレは、明らかに霊的なモノだと本能で察することができた。


「ホノンにカガヤ、あれが何かわかるか?」


 見張りの時には、気配すら感じなかったその生首の正体を、異常事態に慣れている……もしくは詳しいであろう有識者2人にヨーゴは問う。


「……ふつ~にオバケでは?」


「魔力は感じられません……誰かの魔術ではないようです」


 何もわからないことがわかった。

 怪獣に詳しいはずのホノンも困惑している。

 どう対応すればいいのかも、何もかもが不明なこの状況。怪獣に遭遇するよりたちが悪い。


 しかし取るべき行動はシンプルである。

 逃避か静観か除去かだ……だが静観する度胸は3人にはない。

 ブツブツと、何か呪詛のようなことを喋っているためだ。

 3人はそれを敵意と判断した。

 何と言っているかは分からないが、何を言っているのかは想像がつく。


「とりあえず離れるぞ、恐らくだが関わらないほうがいい」


 何もない空中をフラフラ揺れる女の生首。

 ヨーゴの言う通りに、触らぬ神に祟りなしと思った3人は足早にその場を立ち去る。


 だが女の生首は3人を、フヨフヨとゆっくりとした速度で飛んで追いかける。ブツブツと呪詛らしきものを喋りながら。

 小走りする3人の背筋は冷えに冷えていた。だが恐怖で汗はたんまりかいていた。


「カガヤ、幽霊に効くような魔術はないのか?」


 10分ほどヌルめの追いかけっこをして、一向に状況が変わらないことに業を煮やしたヨーゴはカガヤに助けを求めた。

 走って逃げることができないならば、次の手を使うまで。


 魔術という神秘ならば幽霊に通じる何かがあると期待したのだ。


「師匠から習いはしました……でも使ったことないんですよ」

「失敗しても責めやしないから、やってみせろ」

「……どうなっても恨まないでくださいね」


 ゆっくりとはいえ走っていればスタミナは消耗する。既にホノンがヒィヒィと息切れし始めていた。

 このままではジリ貧で、いずれ追いつかれてしまう。追いつかれたらどうなるか……まったく予測ができない。

 ただ生首女は今だ呪詛のようなことを口にし続けている……ろくなことにならないだろうことは、3人にも何となくわかる。


 ならば除去以外に選択肢はなかった。


「とにかくやってみろ」

「了解です」


 走るのをやめて、カガヤは後ろへ振り返る。

 ヨーゴもそうした。どれほどのことができるか分からないが、万が一の時の備えとしてだ。


「『死に迷える魂に告ぐ』」


 カガヤは成仏の呪文を唱えつつ、迫りくる生首へと十字を切る。


「『この世に貴殿の居場所なし』『天に昇りて安らかに過ごしたまえ』」


 呪文を唱え終わったその瞬間、空から光の柱が生首の幽霊に振り注いだ。

 

「PPPPPPGYAAAAAAAAAAAAAAA!?」


 光を当てられた女の生首が絶叫する。どう聞いても苦しみの声であった。


「通じてくれた……?」


「見た感じは効いているな……このままフッと消えてくれると助かるが」


「ボクもそう願います」


 魔術を使った当人は、生首が苦しむサマを見てホッとする。一度習っただけの術が上手く成功したようだからだ。


「PPPPPPGYAAAAAAAS!」


 成仏させるための術は成功した……しかし3人は知らなかった。

 崩壊しきったこの世界は今、非常にアンバランスな状態にある

 ゆえに幽霊もまた怪獣になりうるのだ。


「な〜んか……様子おかしくありません?」


 どのように幽霊が成仏するのかなど、3人は知らない。

 光になって消えていくのか、それともそのまま空に昇っていくのか……何にせよ、この場から消滅するだろうなとは思っていた。


 しかしホノンが言うように、生首幽霊の様子は3人のイメージと異なっていた。

 

「UUUUUUUUUURAAAAAAAAAA!」


 憤怒の絶叫を上げながら、耳の部分から腕を生やし、顎部分に脚が生えたのだ。

 気味の悪いパックマンのような状態となった元生首幽霊は、そのままグングンと膨らんで巨大化していく。大きくなったせいか、光はもはや意味をなさなくなった。成仏して消える雰囲気は微塵もない。


「全員退避だ!」


 危機を感じたヨーゴが叫ぶ。ソレとほぼ同時にカガヤとホノンは背を向け一目散に逃げ出した。

 ヨーゴも少し遅れたが逃げ出す。


 一頭身の幽霊は、3人の背中を凝視しながら巨大化していく。


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