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暴食怪虫イナゴック。イナゴの繁殖力と雑食性に、リオックの獰猛さと戦闘力を備えた地上最強の昆虫である。
約1メートルのサイズを誇り大群で襲いかかってくるために、国を滅ぼすレベルの脅威と見なされていた。
一匹一匹の戦闘力は非常に高く、自動車を横転させる突進力に、鉄を容易く噛み千切る顎。さらにコンクリートを破砕する脚を持つ化け物だ。
一般人では相手にならず、武装した軍隊も甚大な被害を受けながら戦っていた。
質も量も強力な巨大昆虫……それが5匹も、飢餓状態でヨーゴの前にいる。
生命にとって飢えとは等しく辛いモノで、一刻も早く逃れたいモノ。それ故に必死になる。何が何でも食いたいという極限状態になるのだ。
そんな状態の怪虫相手に、ヨーゴは真正面から立ち向かう。
しかしマシュンゴの時とは違い、生身のままでは瞬殺されてしまう……だから秘策を使うことにした。
いつもネックレスのように首にかけている鉄の数珠。
ヨーゴはそれの首の後ろにある連結部を解き、外して上へと高く放り投げる。
そして
「鬼装天骸!!」
猛々しい叫びと同時に、空中を舞っていた数珠ネックレスが花火のようにカラフルに光って弾け、粒子化したソレがヨーゴに降りかかる。
そしてヨーゴの身体は一瞬にして、赤い鬼の鎧武者へと変貌を遂げていた。
頭部には赤い兜。顔には赤鬼を模した面頬。
赤い甲冑を身体に纏い、肌は一切見えない。腰には大小の刀を備え、まさに絵巻物語の鎧武者といった姿だ。
「よし……」
この鬼の鎧武者姿に変化するまでの時間はわずか1ミリ秒であった。
ではどうしてヨーゴがいきなりこのような姿になったのか?
――プロセスはこうだ。
ヨーゴの「鬼装天骸」の叫びで数珠ネックレスを構成するアダヴィニウム複合ナノメタルが起動し、瞬時に粒子化し振り注いだ。
それらのナノメタルは瞬時に鎧武者甲冑スーツとして増殖・投射・整形され、鬼装を完了させたのである。
その甲冑の……否、その姿の名は天骸霊装『鬼牙』。魔術と科学を組み合わせて作られた対怪獣用戦闘スーツなのだ。
「……腹減ってるんだろうが」
カチャ……カチャ……と、歩くたびに甲冑が擦れる音がする。
5匹のイナゴックも対抗するかのように、顎をカチカチと鳴らして威嚇し始めた。
どんな姿に変貌しようと餌は餌。本能が貪り食うことを決めている。
「先を急ぐため、危機を未然に防ぐため」
――バッ
先に動いたのは一匹のイナゴック。真正面から頭部を噛み砕かんと突進する。
「可哀そうとは思わん」
イナゴックがヨーゴの剣の間合いに入った瞬間
――スパンッ!!
頭部は正中線に沿って斬り裂かれる。
抜刀速度はまさに神速。刀が振られた瞬間を、見ていたカガヤ達は視認できなかった。
頭部を裂かれたイナゴックはその場に崩れ落ち、ピクピクと身体を震わせながらも絶命した。
残り4匹。
虫に恐れの感情はない。同族が殺されようと本能の生命体であることに変わりはないのだ。
腹が減ったから貪り食う。そういう単純さが人類を脅かしてきた。
「GOOC!」
「GOOOC!」
――バッ
――バッ
2匹。今度は突進ではなく飛び掛かり。別に学習したわけではない。
頭を割って食ってやろうとしているまでだ。
そういうわけにはいかない。
ヨーゴは脱力した。全身の力を抜き去り、地面に落ちようとする……その加速度を足で前へと方向転換。
――バシュッ!!
地面が抉れる。砂ぼこりが舞った。
まさに神業の身体捌き。低い姿勢を保ちつつ、2匹のイナゴックの真下へと滑り込む。
腹の下を通過するところでヨーゴは身体を半回転。その勢いを殺さず、刃を振るう力に転換する。
――スパァンスパァン
ヨーゴは一振りで2匹の腹を斬った。
見ていたカガヤもホノンも信じ難い事実を目の当たりにして、ポカンとした間抜けな顔をしてしまう。
動作の都合上、仰向けに倒れたヨーゴは、そのまままだ生暖かい血を拭い去る。
飛びつつ胴を両断された2匹のイナゴックは、ヨーゴがいたはずの場所……今はもう誰もいない場所に着地し、死に絶えた。
振るわれた刃は滑らかに肉を裂き、骨を両断せしめ、無抵抗の臓腑を斬ったのだ。
残り2匹。
「GOOC!」
「GOOC!」
獲物が仰向けに倒れている。
本能で好機と判断した2匹のイナゴックは、ヨーゴに休む間を与えず突進。
彼は瞬時に起き上がるも、間合いはすでに潰れている。噛みつきのが速い距離だ。
鉄を噛み千切る顎が左右に開き、ヨーゴの顔面に迫る。
――ガキガキィン!!
握っている刀を振るうだけの距離はない。だから前腕部分を覆う籠手で顎を受け止めた……というより噛み付かせた。
ギチギチギチ……!
鉄を容易く食い破る顎に力が込められ、籠手が軋む音が聞こえてくる。
しかし破られない。ただの鉄ではない……アダヴィニウムというダイヤより硬い宇宙金属が複合されているからだ。
万が一にも、虫の顎ごときに破壊されることはない。
「ぬうううううああああ!」
噛みつかれたまま上体を腹筋のみで起こした後、バンザイをするように腕を真上に振り上げた。鬼装によって筋力が大幅に強化されているからできる芸当だ。
「GOCA!?」
「CA!?」
噛みついている2匹も持ち上がって、フワリと宙に浮く。
「うらぁ!!」
――ビュン!!
噛みつかれたまま上げている腕を、高速で振り下ろす。
――ドバシィン!!
すると当然、追随する2匹のイナゴックは地面に叩きつけられた。
突然の腹部の痛みと叩きつけられた衝撃で、噛みつきが外れてしまう。
それは明確な隙。逃すわけがない。
「そぅら」
瞬時に立ち上がり、ずっと握っていた刀を一振り、二振り。
一匹は頭部を袈裟懸けに斬られた。
一匹は眼と眼の間に刃が刺し込まれた。
2匹とも脳にあたる部位を的確に破壊され、生命活動は停止した。
ヨーゴは残心の構えを取りながら、周辺を警戒する。
脅威は去ったと判断した彼は「……鬼装解除」と小さく呟いた。
すると纏っていた鎧武者の甲冑一式が粒子化し、霧散する。その後、粒子は彼の首周りに集結し、また数珠ネックレスへと形を変えた。
「状況終了……休めたか? カガヤ」
「動けるくらいには回復しましたけど、実戦の迫力にビビってます」
「ヤバかったっすね〜」
「なら2人とも立て、行くぞ」
歩き始めながら急かすヨーゴに従い、カガヤとホノンは立ち上がり、その後を追う。
3人の背後はまさに死屍累々。焼け死んだマシュンゴ達に殴殺されたマシュンゴ達……そして斬殺されたイナゴックが5匹だ。
もうまもなくすれば死臭が漂い始める。
そうなる前にこの場を離れなければ余計な怪獣に襲われかねない……3人はそれを理解しているから休むことなくすぐに移動を開始したのだ。
「しかしそれだけ強いんだったらヨーゴさん、あのジンハさんの代打やれるんじゃないです?」
事情を知らない純粋なカガヤの問いかけに、ヨーゴは呆れながらも答える。
「できたらやってる……ジンハの強さはオレなんぞ比較にならんレベルだ、やろうと思えば怪獣は無論のことピースガイを殺せるレベルだぞ」
そして「オレでは雑多な怪獣すら殺せない」と薄く笑いながらも、悔しそうに言った。
「その気持ち、理解しますよ」
「オマエにわかるか、カガヤ」
「ボクも怪獣を殺せるレベルにいないですからね……師匠のマネしようとして、ダサくて不甲斐ない経験もしましたし」
そう言ってカガヤは笑った。ヨーゴを慰めるつもりは一切ない。
相手が思いを少し晒したから、自分も思いを少し打ち明けただけだ。
そんな2人のコミュニケーションを後ろで聞いて、ただの人間であるホノンは、少しだけ疎外感を覚えた。
除け者にされている感覚が、ほんの少しだけ悔しかった。




