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1日目はマシュンゴ以外のトラブルはなかった。
しかし2日目は朝から波乱であった。
朝食後、3人がテントを片付け終えたところで、怪獣の鳴き声が遠くから響いてきたのだ。
「ホノン、どこから何が来るかわかるか?」
「現時点では種類まではわかりません……西から何か来るかもとしか言えませんね」
ヨーゴの問いに、難しそうな顔をしてホノンは答える。
それにカガヤは「充分です、助かります」と感謝を伝えた。
どこから来るかが分かれば、ある程度は対策できる。どこから来るか不明な状況では対策も対応もグダグダになることは間違いない。
情報を制する者は戦を制する……当たり前過ぎて忘れそうになるが、情報とはそれだけ重要なのだ。
「こっちに来てるなら隠れて、やり過ごすぞ」
そのヨーゴの言葉に2人は「はい」と頷きながら応じる。
遠く走って逃げる訳にはいかない。万が一にも、旅の指針たるベゴサウルスの痕跡を見失う可能性があるからだ。
だから身を隠すしかない……のだが、一帯は遮蔽物一つない無限の荒野。砂と土だけのこの場所に、隠れる場所などない。
「カガヤ、例の結界術とやらを頼む」
「わかりました」
ヨーゴの要請に応じたカガヤはその場でしゃがみ、まるで神に祈りを捧げるように手を合わせ、ブツブツと術に必要な呪文を唱え始める。
「『求めは静寂』『万象よ我が身を隠せ』」
唱えた瞬間カガヤを中心として、地面に紫色に淡く光る円状の魔法陣が一瞬で描き出された。
直径5メートルほどの大きなモノだ。
(魔法陣は攻撃の際と同じような幾何学に見えるが、細部が微妙に異なっている。しかし素人のヨーゴとホノンは見分けがつかない)
「展開完了です、さぁさぁどうぞお入りになってください」
立ち上がるカガヤに招き寄せられ、2人は紫に光っている円の内側に入る。特に外見的な変化は起こらない。
「前にも言いましたが、くれぐれもこの陣の外には出ないでください……効果が消えちゃうので」
直径5メートルの円の中に3人が立つ。それなりに余裕はあり、気をつけていれば、うっかりはみ出してしまうということもないだろう。
「人間には効果があったが、怪獣にも大丈夫なんだろうな」
「姿形、気配もこの結界は遮断します……生物なら気付けません」
そう豪語するカガヤはバリケードタウンに来る前……一人旅をしていた時、この術を駆使して怪獣との戦闘を避けていた。
ちなみに、この術には簡易防御結界も併せて張ってある。気付かれないまま不意に踏み潰されたりはしない安心設計だ。
なのでこの隠れ身の術には絶対的な自信があるのである。
「さて……誰も来ないに越したことはないんですがね」
「ヌルい考えは捨てろカガヤ、考えるべきは常に最悪の事態だ……念のため、戦う覚悟をしておけ」
そんな話をしていると、遠く西の方から地響きが轟いてくる。もちろん単なる地震ではない。生物が歩くような規則性があった。
「あれは……」
ホノンの呟きと同時に、地平線にその巨大な姿が映る。荒野と同じ砂の色をした、二足歩行のトカゲのような怪獣だった。
「手足の鋭い爪と直線的な頭に、流線型の体つきのデカいトカゲといえば〜……地底怪獣サッドンですね」
「さすが読書家の怪獣マニア、判断が早いですね」
ズシン……ズシン……と地響きを立てて歩いて来る怪獣――サッドンを3人は緊張しながら注視する。
歩行ルートに自分達が入っていないかをチェックするためだ。
この隠れ身の結界の防御力は踏み潰されても一度だけ耐えられる……嫌な言い方をすれば、たった一度だけしか耐えられないのである。その後は壊れて結界の効力を失ってしまうのだ。
つまり踏まれたら存在がバレてしまうということ。
ならば緊張するのは当然だろう。
ヨーゴとカガヤは戦闘態勢をとった。
「んー……大丈夫そうじゃないですか」
「そうですね……結構逸れてるっぽい」
「通り過ぎた後に、揺れる尻尾がぶつかるなんてこともなさそうだな」
通り過ぎていくサッドンの後ろ姿を見て、3人はひとまず安堵する。
真正面から戦っても利益はない。だから極力戦闘は避ける。それがこの旅の基本方針。
もし先日のベゴサウルス同様、バリケードタウンに怪獣が向かっているとしても、住民は避難に慣れており、街にはジンハという動ける守り神がいるのだ。よほど強い怪獣でもない限りは、今の体制で対応できる。
「アイツもベゴサウルスと同じようにバリケードタウンに行くんですかね?」
移動ルート的には、このサッドンはバリケードタウンに向かっている。急な方向転換でもしない限りは間違いない。
「サッドンはピースガイの影響でバリケードタウンには近寄らないはずですが……どうでしょう」
ホノンは顎に手を当てて考える。前例がある以上、絶対にないとは言い切れない。バリケードタウンに進撃される可能性は十分にある。
「念のため連絡しておくか」
ホノンとカガヤの話を聞いて、もしもの事態を危惧したヨーゴは小型のモールス通信機をリュックから取り出した。
トントンツーの信号で文字を伝えるアレである。
サッドンが去っていったのを確認してから、カガヤは魔法陣を消し去り効力を無くす。
そしてヨーゴは通信機を起動し、リズムよくボタンを押し始める。内容は『怪獣接近注意』。
同じようにモールスで向こうから『OK』の応答があったことを確認すると、怪獣が接近していることを伝えた。
「バリケードタウンの人達、大丈夫ですかね……」
「心配は無用だ……避難には皆慣れているし、いざとなればジンハが動く」
ふとしたカガヤの疑問に、ヨーゴは通信機をリュックに詰め込みながら答えた。
男二人がそんな会話をしている時、ホノンは去っていったサッドンのことを考えていた。
「なんかあのサッドン……様子が変じゃありませんでしたか?」
「変……とは?」
全く気にしていなかった部分を取り上げられ同調もできず、カガヤは疑問を疑問で返してしまう。
「何かに怯えているような……そんな雰囲気が」
「オレには怪獣の感情などわからん」
生きた自然災害である怪獣の心理状態など理解不可能……そう考えていたヨーゴは、ホノンの話をバッサリと切り捨てた。しかし彼女は挫けることなく話を続ける。
「それにまた西からですよ、想像以上にヤバそうなナニかがある気がするんですよねー……」
サッドンの足跡はベゴサウルスの痕跡と、ほぼ同じ方向を指し示していた。
単なる偶然といえばそうなのだろう。
しかしホノンは何か嫌な予感が払拭できないでいた。
不自然な点が汚れのように、彼女の心に染み付く。
「……ベゴサウルスもサッドンみたいに、何かに怯えて逃げてきたのかも」
ホノンはそう口にした。
単なる憶測。確証は何もなく、もはや勘と言ってもいい。
だがそれでも彼女を不安にさせていた。
もしそうだとしたら……そう考えると恐怖しかなかった。
「……まぁまぁホノンさん、考え過ぎかもですよ」
ホノンが不安がっているのを察知したカガヤが優しい声色で宥めるように話しかける。
「確かめてもいないのにビクついても、何も始まらん……ちょっとした環境の変化で混乱しやがっただけかもしれんぞ」
一緒に旅をするチームメイトがビビっていては任務に支障が出ると思い、ヨーゴもカガヤに続いてホノンを励ますように声をかけた。
「憶測だけで悩んでいても解決せん……だから先を急いで真相を確かめるとしよう」
ヨーゴの言葉に2人は頷き、揃ってまた歩き始める。
そして数分後。
一行はおびただしい数のマシュンゴの群れと遭遇してしまうこととなった。
マシュンゴは歩いたり止まったりを不定期に繰り返す。今回は全てが立ち止まっていた。
なので耳の良いホノンの音による探知に引っかからなかったのだ。




