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09

 一夜明けて、カガヤは床においてある目覚まし時計のジリリリリッという不快な機械音で目を覚ます。ヨーゴによりかけられたものだ。

 その音は数秒後に起きた当人によって止められた。


「ふぁ……おはようございます、ヨーゴさん」


「……あぁ」


 ろくに挨拶も返さぬまま、ヨーゴは横になっていたソファーから立ち上がり、そのまま外へと出ていってしまった。

 残されたカガヤも立ち上がり、外へと出る。

 分厚い雲に覆われた空により朝日は見えず、しかも肌寒い。

 まだまだ疲れが抜けていないカガヤの気分がガクッと落ちる。どうせなら朝の日光を浴びてリフレッシュしたいところであった。


「……んー」


 ふと喉の渇きを感じ、カガヤは地面に手をつける。

 すると地面に小さな六芒星が一瞬にして刻み込まれるように描かれ、それから紫色の仄かな光を放ち始めた。


「よっ……と」


 紫に光る六芒星中の、六角形部分が闇のような穴と化し、カガヤはそこに手を突っ込む。

 ズププッと泥のような音を立てながら、彼はそこから一本の水筒を取り出した。


「ひゃあ〜……マジで魔法便利っすね〜」


「ん、ホノンさん……おはようございます」


 何事もなかったかのようにカガヤは、いつの間にか近寄ってきていたホノンに挨拶をする。

 その挨拶というわずかな間に、暗い泥の穴は六芒星ごと光の塵となって消え失せてしまった。


「おはよーです……いやぁ~、どういう仕組みなんすか〜?」


 興味津々といった面持ちで、ホノンは六芒星があった地面を凝視する。


「簡単な収納魔術です……魔術で作った異空間にモノを収納してるだけです」


 水筒の中身の水をちびちび飲みながら、カガヤは応じる。


「クッソ便利じゃないですか〜、今度の調査で荷物持ちを頼みたいです!」


「そこまで便利じゃないです。異空間に収納したモノの重さが、常に使用者の肉体に振りかかってるんで」


「……つまり?」


「今のボクの身体、起きてる時も寝てる時もずーっと動きにくいんです……今の感覚としては30キログラムの上着を羽織ってる感じですね」


「えーっと、いっつもめっちゃ強がって頑張ってるってことですか……?」


 軽やかに平然と動いているように見せているだけで、本当は常に全身を余すことなく酷使している状態にあるということ。


「そうですね〜、ぶっちゃけ目に見えないだけの外せないリュックサックです……なんで荷物持ちはちょっと厳しいですね」


「……眠れてます?」


 重い荷物を背負って走るという訓練が大嫌いだったホノンは、カガヤの体調が心配になってしまう。相当な肉体的ストレスに苛まれているに違いないと思った。


「師匠の修行のおかげで、問題なく熟睡できるようになりました」


 しかしカガヤはケロッとした態度。もう慣れきっているため、まったく辛さを感じていないからだ。


「そりゃあさぞかし過酷な修行でしたでしょ〜……ウチなら絶対に途中で逃げますね」


「あはは……ボクも何度も逃げようと思ったんですがね、逃げるたびに魔術の制裁を喰らったもんです」


 そう言ってのけたのと同時に、水筒の中身が空っぽになる。


「すいません、飲水はどこで手に入ります?」


「あー……南区の貯水槽からならタップリ手に入るかもです、案内しますよ〜」


「そいつはありがたいです」


 ホノンの笑顔での進言にカガヤが礼を言い、2人は移動を始めた。


 バリケードタウンは大きい街ではないが、だからといって小さくもない。約800人が悠々と住める広さだ。

 なので、東西南北と中央……計5つに区分けされている。

 中央には監視塔とオウイチロウのいる事務所。

 東西南北にはそれぞれ居住区と農業区が存在し、4つの区画でそれぞれ食料を生産しているのである。1つの区の畑が駄目になっても他でフォローできるようにしてあるのだ。

 これは全てオウイチロウによる施策である。

 統治者の素人である彼の、欠陥だらけの施策で約800人が今のところ生きながらえているのだ。


「あ〜、あそこです」


 2人で他愛のない雑談を交えながら、歩いているうちに目的地に到着した。

 広い畑の奥に大きな貯水槽が2つ並んでいる。

 畑には緑の草が所々に生えており、数十人が雑草を引き抜いたり水をやったりと、それぞれ作業をしていた。


「何を育ててるんです?」


 貯水槽へと歩きながらそうカガヤが問うと「サツマイモっぽい芋です」とホノンが答える。


「どっかの軍の科学部が品種改良しまくって、味はクソマズなんですが……季節関係なしで、石ころだらけの痩せきった土でも育つスーパー強靭な芋で〜す」


 おかげで食糧難にはギリギリなっていないでいる……そうホノンは苦笑いしながら語った。


「雨もそれなりに降るから、貯めてろ過すれば飲めはするし、人間として最低限の生活はできてるんですよ〜」


 ホノンがそう言っている間に貯水槽に着く。

 彼女はカガヤに「水筒を」と要求し、カガヤはそれに応じて手渡す。

 渡された水筒の蓋を開けて、ホノンは貯水槽に付いている蛇口の栓をひねった。

 すると透明で綺麗な水が、カガヤの水筒に注がれていく。


「この街に軍の科学者が数人いてくれて〜、本当によかったって感じです」


「確かに、専門家がいるなら心強いですもんね」


 満タンになった水筒を受け取りながらカガヤはホノンの言葉に同調する。


「調査の準備に必要なモノがあったら、遠慮なくウチに言ってくださいね〜……ヨーゴさんよりはウチのが話しかけやすいと思うんで〜」


「あはは……ありがとうございます」


 ヨーゴへの酷評にカガヤは苦笑した。気持ちが分からないでもないからだ。

 その後2人は監視塔へと戻るため歩き始める。


「まったくヨーゴさんのツンツンした態度はどーにかなりませんかね……自他共に厳しすぎるんですよ〜あの人」


 道中でホノンによるヨーゴへの愚痴が始まった。


「まぁ……厳格そうなヒトですよね」


 当人との付き合いがまだまだ浅いカガヤは、話しているホノンの熱量に気圧されながらも適当に相槌を打つ。


「ウチもあんましヒトの悪口・陰口なんか言いたくないんですよ……でもちょっと積もり積もったモンがある訳です、わかります〜?」


「それなりに……」


 師匠であるボルケーノ・ウィッチにたくさん愚痴を聞かされてきたカガヤの経験が生きている。


 不満が溜まっているらしい人間の愚痴は、とりあえず同調しておくに限る。下手に意見して刺激せず、気持ちよく愚痴を吐いてスッキリしてもらうまで聞きに徹するべき。

 それが上手な人付き合いのコツだとカガヤは実体験で知っていた。


「少しできるとこ見せたら次々とレベルアップした問題を依頼されるし堪らないですよ……だからといって能無し演じようとするとクソ厳しい教育指導が待ってるし、がんじがらめなんすよウチ」


「そうなんですね、ボクも気持ちわかります……あ」


「わかってくれますか……ヨーゴさんみたいな上司はマジで大変ですよね、やってらんねぇ〜ですよ本当に」


「……何がやってらんねぇんだ?」


 ホノンは話に夢中で、前方から歩いてきたヨーゴに気が付かなかった。

 カガヤは少しだけ、ホノンから距離をとる。


「なにか不満なことがあるっていうのか、えぇ……ホノン?」


「いやぁ~……」


 先程までの饒舌さはどこへやら。一気に口数が減少したホノンは回答に詰まり、横にいるカガヤにアイコンタクトで助けを要請する。

 しかしカガヤはすぐに目を伏せてしまう。

 フォローの言葉が思い浮かばなかったからだ。


「何もありません……ちょっと疲れていたせいであんな発言をしてしまっただけです、は〜い」


 ヨーゴの発する圧力に屈して、ホノンは半泣きで答えた。


「ならいい、適度に休め……適度にだぞ」


「……はぁい」


 そう言い残してヨーゴは去っていく。

 見るからにテンションが下がっているホノンにカガヤは「ドンマイです」と声をかけ、監視塔へと戻っていった。


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