結婚提案
勝負が終わり、フェリシア達は飲食店の方に戻った。ジョンとフォラクスはそのまま帰るそうなので、いまフェリシアと共に居るのはクランプシアとメフィストだけだ。
ただ、フォラクスは帰り際に何か「ようやく終わりそうですね、良うございました。本当に」とメフィストに告げて行った。何が終わるとフォラクスは思っていたのだろうか?
「お茶にしましょう。今日はお客さんはいないから、お金も不要よ。好きなものを注文して」
フェリシアはメフィストとクランプシアに座るよう促した。それに従い、二人は程よい席に座る。それから注文の品を作り、二人に茶と菓子を出した。フェリシアも自身の分の茶菓子を出し、二人の近くに座る。
「あなたは素晴らしい人のようだけれど、兄メフィストは前大公爵の息子。その重圧に耐えられるか……」
クランプシアは愁いを帯びた表情で、呟いた。どうやら、彼女なりに心配してくれているらしい。そう、フェリシアは察した。
「……すまないが、彼女と私が結ばれる前提で話をしないでくれないか」
と少し困った様子で、メフィストがクランプシアを止める。
「でも兄様、彼女のこと……」何かを言いかけて、クランプシアは口をつぐんだ。きっとその言葉の続きは、『彼女のことを好きなのに』だろう。フェリシアには分かっていた。
「すまない。今のは忘れてください」
微笑むメフィスト。恐らく彼は、フェリシアにまだ結婚の意思がないのだと思っている。そう、実際にフェリシアは何度か告げていたし、手紙でも伝えていたからだ。
「忘れなくて結構ですわ。私、あなたのことが結構好きみたいですから」
とフェリシアは言ってのける。これは自身の中で確信した言葉だった。
「……本当ですか?」
「あら、ここで嘘を言っても仕方ないじゃない。私は、メフィストのことが好きよ。きっとこれから降りかかる災難も、些細なことだと思えるほどに」
そうフェリシアが告げると、メフィストは「先を越されてしまいましたね」と困ったように笑った。
「……どうやら、私は邪魔みたいね。お暇します。あとは二人でごゆっくり」
クランプシアは席を立ち、飲食店から出て行ってしまう。
それから徐に、メフィストはフェリシアの方を向いた。
「フェリシア。私も、あなたのことが好きです。どうか、これからの人生を共に過ごさせてください。友人としてでなく、生涯の伴侶として」
メフィストはフェリシアの目を見つめ、はっきりと告げる。
「分かったわ。あなたと、夫婦として生涯を共に過ごしましょう」
フェリシアもメフィストの目を見て、頷いた。
無論、貴族としてきちんと婚約を結んで結婚をするなら、本当の夫婦になるのはもう少し先の話になるだろう。まずは交際期間を重ねる方が先だろうか。
「……ところで、あなたの『逃したくない縁』って本当に、私のことで良いのよね?」
「それはもちろん。あなたと文通を始めた時から、私の運命があなたであればよかったと思っておりました」
ふとわいた疑問をフェリシアが問い返すと、メフィストは頷いた。
「そんな昔から? あなた、執着が強いって言われません? 私が婚約破棄しなかったら、どうするつもりだったのよ」
婚約破棄はいずれにせよあっただろう、とはフェリシア自身は思っている。だが、そう聞かずにはいられなかった。
「いえ……占ってもらっていたので、あなたが来てくださることは存じ上げておりました」
しかし、メフィストは意外と余裕そうな様子で答える。
「占ってって、誰に?」
「呪猫の当主からです。縁がなければ諦めようと思っておりましたが……なので、来てくださるまで待とうと決めていたのです」
訊けば、とんでもない返答があった。
「それが何十年先になろうとも、私は待ちました」
静かに、メフィストは告げる。
「あなたは侯爵家の当主でしょう? 血縁が途絶えてしまうなら駄目よ」
そうフェリシアが咎めるが、「それでも良かったのです」とメフィストは笑うだけだ。
「クランプシアが告げた通り、私は『大侯爵の血縁』です。きっと、大変な目に遭います。……それでも、私を受け入れてくれますか」
「望むところよ。私は侯爵だから、十分に貴族としての教育を受けているわ。それでも足りなかった場合は、またいつもみたいに教えてちょうだい。どんなことだって、覚えて見せますわ」
そうして、二人は婚約を結ぶ日取りを決めることにする。まずは婚姻届けと婚約指輪などを探すところからだ。二人共に侯爵の血筋、その上に片方は大公爵の血縁なので、きちんとしたところを選ばねばならない。
「ところで、前大公爵の息子って何をするの?」
通常の侯爵なら、自身の持つ土地の領地運営だろう。領地の一部を伯爵や子爵、男爵達に貸し出し、彼らを通して平民達にも土地を貸し出す。そうして、彼らの成果物の一部をこちらが受けとるのだ。
だが、前大公爵の息子はただの侯爵ではない。当主の家から分かたれた彼は直接領地運営をしないため、住む家以外に土地を持っていないはずなのだ。
「基本的には、領地運営の補助程度です。呪猫の領地にいなくともこの仕事はできますし、呪猫の領地各地も回るのでずっと自由とは言えませんが」
そう、メフィストは教えてくれた。彼が情報屋をしているのも、きっと呪猫の領地運営のためなのだろう。
「ですが、あなたは魔導書店や飲食店の経営だけをしていただければよいのです。言わば、『私の帰る場所』になって欲しいのです」
メフィストはフェリシアの手を取った。
「手伝わなくて良いの?」
訊き返せば、彼は頷く。
「あの言葉を引用するのは癪ですが、『代わりはいくらでも居る』のです……ただ、この魔導書店や飲食店は、あなたが任されたもの。あなたの責任がなければなりませんでしょう。私には私の仕事があるように、あなたにはあなたの仕事があります」
「分かったわ。ちゃんと稼げば良いのよね」
そう返すと、「物分かりが良くて助かります。さすが、フェリシアです」とメフィストは笑う。
これからも、フェリシアは魔導書店と飲食店を運営する。
いつの日かは、ヨハンのように次の担い手も見つけないといけないだろうけれど。それがなんだか、フェリシアは楽しみに感じられた。
(おわり)
あと1話あります。(後日譚)




