勝敗決着
「ふぅん。侯爵令嬢だもの。当然よね」
フェリシアの出した結果を見、クランプシアは感心した様子で頷く。予想外だった、と言うよりは『期待以上で安心した』と言った態度だった。そのことに違和感を覚えるが、それよりもフェリシアには気になることがあった。
それはクランプシアとの勝負に付き合う中で気付いた、フェリシア自身のメフィストへの気持ちだ。
「(別に、彼のことがどうでも良ければ。……ただの友達だと思っているなら、ここまでムキになる必要はないはず)」
と。
彼のことをただの友人だと思っていたのなら、こんな勝負に付き合うことはなかったはずなのだ。フェリシアだって暇ではないのだから。それに、ただの友人だと思っていたなら、クランプシアが現れた時に不安を覚える必要はない。
つまり、クランプシアとの勝負に一喜一憂する必要がない。ならばなぜ、フェリシアはクランプシアとの勝負の結果にこれほどまでに感情が動かされているのか。
それは、クランプシアに負けたくない、認められたいとどこかで思っているからだ。彼女が勝負の前に言っていた言葉は、『彼と並び立ちたいと思っているなら勝負しなさい』だ。
『彼と並び立つ』というこの言葉が、フェリシアの心に触れた。そう、自覚する。
「(もしかして私……彼のことが)」
思いはしたものの、表には出さないようにした。急になぜだか、恥ずかしい気持ちが湧いてきたからだ。
「メフィスト。彼女はどこのどなた? いい加減に、教えてもらっても良いのではないかしら」
半ば八つ当たりのように、フェリシアはメフィストに詰め寄った。クランプシアは自ら名乗らないだろうと、確信があった。でなければ、恐らくすでに自身の身分を名乗っているだろうから。
「もしかして、彼女があなたの『逃したくない縁』の方?」
フェリシアは一番聞きたかったことを、勢いに任せて直球に問う。この問い方ならどうであれ、彼が『逃したくない縁』について言及するだろうと考えた。
「そんなわけありません! 彼女は妹だ。血縁者との運命を逃したくないわけがないでしょう? 彼女には婚約者もいますし、家族以上の情は持ち合わせていません!」
とメフィストは珍しく、強い語気で返した。その必死に弁明する様子に、不思議とフェリシアの胸の内はすっきりする。恐らく、メフィストはフェリシアに誤解されたままでは嫌だったのだろう。それが分かって、フェリシアは安心したのだ。
「『逃したくない縁』は……あなただけだ。フェリシア」
そして、メフィストはまっすぐにフェリシアを見つめた。その真っ直ぐな目を見ていれなくて、フェリシアはそっと視線を逸らしてしまう。
「……そう。彼女は妹さんなのね? でも、どうして私に勝負を挑んでくるのかしら?」
「……彼女なりのけじめなのです。納得いくまで、どうか付き合ってあげてくれませんか」
メフィストはやや困ったように告げる。妹である彼女なりのけじめ、とは。何か複雑な事情が絡んでいるとかないわよね、とフェリシアは内心で警戒する。
「ちょっと。なぜ教えてしまうのよ」
「さすがに酷いだろう。身分も明かさず、唐突に勝負を仕掛けるなど」
不満そうなクランプシアに、メフィストは少し怒りと呆れを滲ませた声色で言い返す。こうしてみれば、メフィストとクランプシアは兄と妹に見えなくもない。
「フェリシアに妙な誤解をさせてしまうところだっただろう」
「誤解させて良かったのです。これは、必要なことでした」
「なに、意味の通らないことを……」
ふと、メフィストは自分とクランプシアで話し方が違うみたい、とフェリシアは頭に過った。確かに、メフィストとクランプシアは仲の良い家族のようだ。それが少し、寂しく思えた。
「これは、大侯爵様からの通達ですわ。お兄様も、いい加減に腹をくくりなさい」
「な……」
クランプシアの言葉に、メフィストは固まった。そして少し視線を動かしたのちに、深く息を吐いて
「……分かった。これは必要なことだったんだな?」
とクランプシアに訊き返す。
「分かれば宜しい」
そう彼女は頷き、次にフェリシアの方を向いた。『大侯爵様からの通達』の正体が気になるところだが、詳細は聞き出せそうにない。考察するなら、『クランプシアをフェリシアに誤解させること』が必要なこと、だとなるが。
「(……まさか)」
ふと過った考えは、クランプシアの言葉でかき消された。
「最後の問題です。これを解いてください」
最後に出たのは、領地運営に関わる計算や法律の問題。解いているうちに、意地の悪い問題もあった。
「この問題は、私達で作りました。過去の事例も色々と混ぜてあるから、門外不出でお願い」
「この問題は容易ね。いつもやっていたもの。……しかも、これより酷いものをね」
だが、それをフェリシアは難なく解いた。こんな問題など、フェリシアが関わっていたあの領地の問題と比べれば些細な事だった。それに、『正しい方法で解け』と正しさが優先される問題なのだ。隠蔽を真っ先に指示されていたあの時と比べたら随分と楽だ。
「正直に言えば、私の答えが完全な正解とは限らないわ。その場合、私は関係のある方々と話したいと思うけれど」
そう、フェリシアが付け足すと
「良い答えですね」
「お兄様!」
メフィストが褒める。それをクランプシアが咎めた。
「判定が甘い様で。ですが、もう宜しいのでは?」
今までを静観していたフォラクスがそう告げると、クランプシアは
「……仕方ありませんね。認めるしかなさそうです」
と、不承不承層にしながらも頷く。だが、どこかすっきりとした様子だった。
どうやら、彼女の御眼鏡に適ったらしい。そのことに、フェリシアは内心で安堵する。いくら彼がフェリシアの事を強く思っていても、その身内に認められなければ良くないだろうから。
ようやく、クランプシアとの勝負が終わったらしい。そのことに、フェリシアは内心で安堵する。
勝敗については、フェリシアが象棋と詩で勝利し、クランプシアは絵画と音楽で勝利した。そして、フェリシアだけ作法の確認をし、最後に領地の問題を解いた。
これでは確かに、勝負になっていない気がする。
クランプシアが告げていたように、勝敗は関係がなかったようだ。




