敵手訪問
魔導書店や飲食店の運営がひと段落したある日、魔導書店に令嬢が現れた。
「……あなたが、フェリシアさん?」
「ええ、そうですけれど……」
じ、とこちらを見つめる令嬢は変な気配はしないが、とても上品な所作をしている。嫌な予感はしないが、なんだか不安になった。思わず「何かご用ですか?」と声を掛ける。魔導書店に来ているのだから魔導書がめあてだろうに、と内心で思いながらもその令嬢の目的は魔導書でない気がしていた。
「私はクランプシア。どうぞ、お見知りおきを」
「ええ、よろしくお願いします」
優雅に礼をし、併せてフェリシアも礼を返した。わざわざ挨拶をするとは丁寧な人のようだと思うと同時に、やはりただの客ではなさそうだと感じる。
「この店は、以前からメフィストが利用していると聞いています」
クランプシアと名乗った令嬢は、メフィストの名を出した。それだけで、なんだかフェリシアの胸の内は不安になる。
「メフィスト、さん……ですか? あなたは彼のお知合いですか?」
不思議と呼び捨てにするのをはばかって、敬称を付けた。訊き返すも、クランプシアは周囲を見回していてフェリシアとは視線が合わない。彼女はなんだか真剣な様子で、まるで吟味しているような、評価しているかのような様子だ。フェリシアは更に不安な気持ちになった。
「ふん。魔導書店の方は、ちゃんとしているわね。以前の方のものを改善している、という感じかしら。古いものと新しいものが、混ざっているわ」
クランプシアは呟きつつ歩き回る。その評価は、確かに正確だった。今の魔導書店は、前店主のヨハンの魔術とフェリシアが施した魔術が所々にあるからだ。
次に、令嬢は飲食店の方に移動した。フェリシアは不安な気持ちのまま、クランプシアに付いて行く。彼女がどんな動きをするかも分からないからだ。
「ふーん。飲食店の方も、まあまあね。噂には聞いていたけれど、きちんと呪猫の伝統や慣習、それに風水に添った内装ね」
飲食店内を一通り見た後、納得した様子でクランプシアは頷いた。
「……ええと。何をおっしゃりたいのか」
客だろうと推定しているので、まだ丁寧な対応をしている。だが、これがただのいちゃもん付けだった場合は容赦はしないでおこうとフェリシアは内心で決意した。
そこに偶然、メフィストが飲食店の方に入店する。が、クランプシアを見た瞬間に硬直した。
「クランプシア!? あ、あなたなぜここに……!」
「メフィスト! やっぱりいましたね! 入り浸っていると噂でしたもの!」
メフィストを視止めると、クランプシアは眉尻を吊り上げる。どうやら、二人は知り合いの様だった。おまけに、互いを呼び捨てにできる程の親しい間柄であるとも分かる。
「入り浸っている、とは何ですか。……確かに、通っていますが」
「入り浸っているじゃない。通っているのでしょう?」
彼らの仲が良さそうな様子を見て、ふと、フェリシアは自身の胸の内に不思議な感情があると気付く。
「(なぜかしら……あまり、気分が良くないわ)」
その上、クランプシアは私を引き離そうとしている(多分)。言葉の端々から、何か排他的な感情を感じるのだ。だが、その言葉を易々と受け入れられる程、フェリシアは穏やかな性格はしていない。
「あなた、メフィストと並び立てると思っているの? それなら、私と勝負をしましょう?」
静観していると、唐突にクランプシアは提案をする。
「……勝負?」
その言葉の何かが、フェリシアの心に触れた。
「今すぐ、だとフェアでないから、後日ね。ええと……この日にしましょうか。あなた、お休みよね?」
「え、ええ。そうですけれど……」
なぜフェリシアの休みの日を知っているのだろうと思ったが、それは店の休業日だった。それを一瞬忘れる程、フェリシアは感情を大きく揺るがされたのだった。
そのまま、クランプシアはメフィストと一緒に退店した。それもなんだか、気に入らなかった。
×
当日。
指定された場所に行くと、かなりしっかりと会場が準備されていた。
そしてそこにはメフィストとクランプシアだけでなく、ジョン、フォラクスが居た。
「……彼らは、一体?」
「評価者として、参加して頂きましたわ」
フェリシアはクランプシアに問えば、シンプルな返答がある。
「なぜ、あなた達が評価者として居るのですか?」
「全員、呪猫の出身者ですからね」
次に評価者達に問えば、メフィストは苦笑した。
「そういう集まりなんですか?」
驚くジョン。
「私は……無理矢理参加させられたのですが」
やや苛立った様子のフォラクス。
「嫌なら、やらなくても良いのですよ」
「……折角です。やって差し上げます」
メフィストが苦笑混じりに言うと、憮然とした様子でフォラクスは答えた。
「まずは、絵で勝負よ!」
そうして、勝負が開始された。
×
クランプシアの方が、絵は美しいと評価された。
メフィストはフェリシアの方を挙げていた。
「次は象棋をいたしましょう」
象棋の勝負は、フェリシアが勝った。
「ふぅん、やるわね」
負けたというのに、クランプシアは悔しがる様子を見せない。その余裕そうな態度が、不思議と不安を掻き立てる。
「楽器の演奏は、淑女の嗜みよね」
楽器の演奏は、クランプシアの方が勝った。
メフィストがフェリシアの方を上げようとした時に、「あなた、ふざけてます?」とフォラクスに指摘され、渋々とクランプシアの方を挙げたのだ。
「……クランプシアは呪猫での絵画、演奏の競技会で何度も優勝する猛者です。勝負がフェリシアには不利過ぎます」
やや苦しそうな声色で、メフィストは告げる。
「関係ありませんわ。これは勝敗自体に意味はないのだから」
つん、と澄ました様子でクランプシアは告げる。
「(……勝敗自体に意味はない?)」
なら、いったい何に意味を置いているのだろうか。そう、フェリシアは一瞬だけ思考する。
「次は、情景を詠んでみましょうか」
その言葉に、思考が強制的に引き戻されたからだ。
詩を詠み、フェリシアの方に軍配が上がった。
「次は、作法よ」
クランプシアは勝負をしているのではなく、やはり、フェリシアを試しているのではないだろうか。そう、どこか確信があった。だが、それを確かめる術を今のフェリシアは持ち合わせていなかった。




