強制退場
「ちょっとぉっ! あんたっ!」
叫ぶ声に振り返ると、そこには元婚約者の浮気相手だった男爵令嬢が立っていた。
初めて見かけた時はあまり気にしていなかったが、男爵令嬢は随分と妙な格好をしている。ともかく、派手で目立つ格好なのだ。詳しく言えば型は絞られていないし、季節外れの模様だし、正直に言えばダサくてみっともない恰好である。それに、あのドレスを普段使いしているのも妙である。
魔導書店には入れないので、飲食店側から来たようだ。飲食店と魔導書店を繋ぐ通り道の真ん中に立っているので邪魔である。
「なんであんたが、彼と親しくしてるのよ!」
叫ばなくとも聞こえるのに、男爵令嬢は大きな声で騒ぎ立てた。営業妨害ね、と内心で思いつつ端末を起動させて録音させる。用心に越したことはないだろう。
「……彼? どなたかは存じ上げませんが」
「とぼけないで! 今あんたのすぐそばに居る、メフィスト様よっ!」
近付きつつ訊けば、男爵令嬢は叫び返す。どうやら、メフィストと親しくしているのが気に食わないらしい。ちら、とメフィストのほうを見ると、にこやかな笑顔のままだ。いや、これは笑顔を張り付けている顔だ。多分、あんまり親しくしたく無い部類の人なのだろうと察する。
「あなた、知り合い?」
念のために、メフィストに問うた。
「いいえ。全く、存じ上げません。強いて言えば、私を長期間にわたりストーキングしていた人物のような気が致します。体液を入れた食物……いえ毒物なども、何度か送られたやもしれません」
「えっ……犯罪者予備軍、というより、もはや犯罪者ではないの?」
フェリシアはドン引きする。ちら、と男爵令嬢のほうを見るが、「犯罪じゃないわっ! あたしの愛よっ!」と彼女は叫んでいた。否定していないようなので、本当の事らしい。
「あまりにも変化球過ぎて、対応に困っていた……かもしれません」
「知らない体でいくのね」
とんだ問題児のようだった。
「元婚約者を返してあげるから、彼とあたしを繋げなさいよ!」
男爵令嬢がフェリシアに詰め寄る。なんか妙なこと言ってるな、とフェリシアは首を傾げた。それに元婚約者は今はもう牢の中だ。仮に彼が出所するにしても、侯爵と平民なので、もう婚約などできない。それに、そもそももうあの男に思い入れなどないのである。
「彼はとあたしが運命なのよ! 勝手なことしないでくれる!?」
「きゃっ?!」
突如、男爵令嬢が掴み掛かってきた。左手首をすごい力で掴まれていて、痛い。
だが、先に手を出されたのなら、こちらも反撃する権利を得られる。
「身勝手なのは、あなたの方じゃないの? 私の元婚約者を奪ったことはもういいけれど。その上、私の大事な友人を奪おうとするなんて!」
——パァン!
右手で、男爵令嬢の頬を引っ叩いた。
「痛いじゃないっ!」
「掴み掛かられた時、私も痛かったわ。正当防衛よ」
冷静に言い返し、「ほら、あなたが掴んだところが跡になっているわ」とフェリシアは腕を見せる。
「そんなこと知らないわよっ!」
叫ぶ男爵令嬢をよそにフェリシアは振り返った。
「マリー! ニコラス! 警邏隊を呼んで!」
「すでに呼んでますっ!」
マリーが叫ぶ。
「なによ、なによっ! あたしが主人公なんだからっ! 捕まるわけ、ないじゃないっ!」
男爵令嬢が、魔術で火球を放つ。
「っ!」
――だが、それはフェリシアには当たらなかった。
「今度は、間に合いましたね」
メフィストが、防御結界を張ってくれたのだ。
「メフィスト、ありがとう」
「いいえ。フェリシア、無事ですか」
フェリシアを抱き寄せ、メフィストは問うた。
「ええ、もちろん。手首は少し痛いけれど、薬を塗れば治るわよ」
「営業妨害と傷害罪、ですかね」
「それと、あなたの心労よ。ちゃんと裁いてもらわなくちゃ」
それからすぐに現れた警邏隊に、男爵令嬢を引き取ってもらう。そうして今回の騒ぎは一旦終息したのだった。
×
「あなたにもお困りごと、あったじゃないの」
腕を組み、フェリシアはメフィストを睨む。
「そうですね、いつかは解決しなければと思っていたのですが。あまりにも些細過ぎて」
「些細じゃないわよ! あなた、変なものをたくさん送られて、ストーカーまがいの行為もたくさんされていたのでしょう?」
だが、メフィストはあまり気にしていない様子だ。
「まあ、魔術で防衛できますし」
「防衛できるじゃないのよ! 本当、あなた自分のことになると疎いわね」
はぁ、とフェリシアは肩を落とす。これがフェリシアに起こったことなら、メフィストは元婚約者の時のように積極的に動いただろうに。
「もしかして、心配してくれています?」
「もちろんよ。あなたは、私の大切な人なんだから」
「それは……いや、聞かないでおきましょう。落ち込む気がします」
「何が?」
「いえ」
ともかく、捕まった男爵令嬢もちゃんとさばいてもらわないといけない。
「彼女もちゃんと法の下で裁いてもらいましょう」
「分かりました。フェリシアが望むのなら」
「あなたのために言っているのよ。まったく……」
どこか他人事風なメフィストに、フェリシアは再びため息を吐く。
「手加減など不要ですわ。あなたは長らく、あの女に苦しめられてきたのです。あなたの名誉を回復し、安全を確保するためなのだから、遠慮は不要ですわ……そうでしょう、メフィスト?」
フェリシアはメフィストに言われた言葉をそっくりそのまま返した。すると一瞬、虚を突かれたようで目を瞬かせた後に、メフィストは笑う。
「ふふ、そうですね。あなたに同じ言葉を返されるとは」
ようやく、メフィストは自身がどういう状況だったのか、自覚してくれたのかもしれない。
「ねぇ、他にも変な女性から追われていないわよね?」
ややジト目で、フェリシアがメフィストに問う。
「はい。ちなみに、フェリシアはもう変な男から追われてませんよね?」
「そうね。変な男からは追われていないわ」
メフィストから問われ、そうフェリシアも答えておいた。
「からは?」
「いいえ。口が滑りましただけですわ。お気になさらず」
「お気になさらず……と言われましても」
メフィストに距離を詰められているのは、知っている。だけれど、それは不快じゃないのだ。
だが、それを直接本人に伝える気はなかった。




