悪役退場
フェリシアは、メフィストに頼んで『魔導書店に不老不死に関わる魔導書があるらしい』と噂を流してもらった。元婚約者を釣るための罠だ。
それから数日も経たないうちに。
「どうやら、魔導書店を探っているようですよ」
魔導書店に現れたメフィストが、こっそりと教えてくれた。情報屋の仲間から、情報が回ってきたらしい。恐らく、元婚約者はメフィストの顔を知っているので、メフィストの元には来なかったのだろう。
「彼は罠にまんまと引っかかっているみたいね。……もう少し、賢い人だと思っていたけれど」
呆れ交じりでフェリシアは呟く。
「領地運営が上手くいっておらず婚約者にも逃げられていますから、恐らく余裕がないのでしょうね」
淡々とメフィストは考察を述べた。
言われてみれば、元婚約者は今、貴族としてとても大変な状況になっているのだったか。少し思考が過るが
「手加減など不要ですよ。あなたは長らく、あの男に苦しめられてきたのです。婚姻中のみならず、婚約破棄後も。あなたの名誉を回復し、安全を確保するためなのだから、遠慮は不要です」
そう、メフィストが諭した。
「それに本当にやり過ぎなら、神から警告が来ます」
言われ、「……そうかもしれないわね」とフェリシアも納得する。爵位が高いと、神の奇跡を感知しやすくなる。その一つに、神の警告がなんとなく判るというものがある。感覚としては、なんとなくピリピリしてくる感じだ。今回は、まだピリピリしていない。
「……むしろ、これは推奨しているのでは?」
「まさか」
メフィストの言葉に、フェリシアは驚く。だが
「……少なくとも、ある筋からは推奨されています」
彼は落ち着いた様子で根拠を示した。
「ある筋?」
「じきに分かりますよ。さて、では次の噂を流しましょうか」
だがフェリシアが訊き返しても、メフィストは詳細を教えてくれない。話題の切り替えに内心で首を傾げながらも、次の行動について考える。
「次の噂はどうするつもり?」
「警備が手薄になる噂ですよ。誘い込みです」
すぐに『この日の夕方、主人や使用人達が居らず警備が手薄になるらしい』と情報をメフィストは流してくれた。わざとらしくなく、とても自然な風を装って。内容としては買い物に行くらしいとか、早番らしいとか、そのようなところだ。
×
その日の夕方。
人影が魔導書店にこっそり入り、中を探る。元婚約者だ。
『不老不死の魔導書は管理人室にある』と言う噂を掴んでいた元婚約者は、迷わず管理人室に向かう。
それから、元婚約者は『不老不死の魔導書』を手にして、店を出た。その瞬間。
元婚約者が手にしていた『不老不死の魔導書』が輝き、元婚約者は捕縛網に閉じ込められる。そこをすぐに、戸の裏に隠れていたメフィストが押さえつけた。
「な、何をする!」
暴れる元婚約者を地面に伏せさせ、メフィストは見下ろす。
「言い訳はできませんね。動画も撮っていますよ」
「窃盗は犯罪よ。不法侵入もしているわね」
フェリシアも現れ、告げる。それからすぐに軍部の警邏隊が現れた。あらかじめ読んでおいたのだ。動画や盗んだ魔導書(の、レプリカ)など動かぬ証拠を突きつけて逮捕してもらう。
「ふん! このままで済むとは思うなよ!」
と叫ぶ元婚約者を見送り、次の作戦へと移行する。
「不吉なことを言うわね」
「そう言いましても、彼にできることはほとんどありません。出所する頃には、彼は平民になっていますからね」
×
次に行うのは、元婚約者の家の取り潰しだ。
これも、事前に行うとフェリシアとメフィストは話し合っていた。
フェリシアは、軍部に今まで集めてきた証拠を提出する。嫌がらせの記録や、領地運営の父性の記録達などだ。
ついでに呪物も差し出して、明確に害意があったと証明する。
その結果、元婚約者の罪はより重くなったという。そして、元婚約者の家での悪事に関連する者達も裁かれることとなった。元婚約者の血縁や、使用人などだ。
それからジョンが裏から手を回し、元婚約者の家を貴族界から孤立させる。情報屋のメフィストが集めた情報を使いながら。
領地を自ら運営できない、私利私欲のために金を集める極悪貴族であると情報を流す。
元から既に浮いていたので貴族相手にはささやかな効果だっただろうが、この噂は平民達にも広まっていったのでより深い傷を残せた。
なんと、男爵令嬢の家も積極的に情報を出してくれた。恐らく、被害者として賠償金を請求しようとしているのだろう。
魔術的に悪いことをしていた証拠を見つけ出したり、悪い魔術師との関わりの証拠を引き摺り出したり。
ついでに、家に関わっていた悪い魔術師達も次々と告発してゆく。
騒ぎはどんどん大きくなり、とうとう王弟まで出てきて、王弟が直々に家の取り潰しを宣言した。
そうして、元婚約者の家はすっかり綺麗に取り潰されてしまったのだった。
×
「……こういう騒ぎは、あまり好きじゃないのですけれどね」
「正直に言えば、私もこんなにことが大きくなるとは思っていなかったわ」
元婚約者に関わる物事はすべてが終わり、フェリシアとメフィストは一息つく。
実際、フェリシアだけの問題だったのだが、メフィストは積極的に協力してくれた。お陰で手続きなども分からないことは教えてくれ、フェリシアが困ることはほとんどなかった。
「あなたの情報や作戦のお陰ね、ありがとう」
今は休業中にしている飲食店の個室で、フェリシアはメフィストをいたわる。とっておきの茶と菓子を出した。
「いえ。何より大切なあなたのためです。苦ではありませんよ」
メフィストは何でもないかのように軽く笑うが、彼が徹夜をしてくれたり、情報を広めるために奔走してくれたのを知っている。
「大切……って」
きっと、古くからの友人としてと言う意味だろうが、フェリシアはなんだか胸の内が暖かくなったのだった。
「これで、あなたの憂いは無くなりましたかね」
「そう、そのはずよ。本当にありがとう」
「また何か、お困りごとがあった場合は声をかけてください。私にできることで、あなたを助けてみせます」
「ふふ、本当に頼りになるわね」
「そう思ってくださいますか」
「ええ。だって、本当に私の困りごとを解決してくれたのだもの」
「何度だって、解決して差し上げますよ」




