書店秘密
カフェには少し長居してしまったので、フェリシアとメフィストの二人は場所を移動することにした。次の移動先はほど近い場所のようで、徒歩で移動することに。
街中をゆっくり歩き、フェリシアとメフィストは季節の花の話や近い行事の話をする。そうして少し歩いた先で、メフィストは足を止めた。つられてフェリシアも足を止める。
「次の店は、こちらです」
そこはブックカフェだった。外観はレンガ風で、フェリシアの店とは真逆のような外観だった。内装も似た様子で、やや暗い。
「このお店は……本を読みながらお茶を飲めるのね」
店内を見回し、フェリシアは呟く。
「雰囲気は違いますが、比較的近い店かと思いまして」
そう、メフィストは告げた。注文を済ませ、席に座る。周囲には飾りの本や本棚で囲われているが、奥に書店があるようだ。飲食店の利用者の大半は、本を読みながら飲食を楽しんでいた。
フェリシアが営む魔導書店は、本の購入と飲食は完全に分離させている。対して、この店は購入した本を持ち込んだり、購入前の本の試し読みとしてカフェスペースに持ち込めるようになっていた。
「まあ、『大事な本が汚れてしまう』と少し不評がありますけれどね」
メフィストは小さく苦笑する。実際、魔術で汚れを取り除けるにしても他者が飲食で汚したかもしれない本はあまり購入したくないものだ。
「うちで取り扱っている魔導書は、飲食を嗜みながら読むようなものではありませんわ」
「そうですねぇ」
フェリシアの指摘に、メフィストは柔らかく微笑み頷くだけ。本当に、ただ何かしらの刺激になるだろうと思って連れてきただけらしかった。
「あの、少しいいかしら」
「何です?」
声を落とし、フェリシアはメフィストに呼びかける。すると、メフィストは身を乗り出し、彼女の話をよく聞こうとしてくれた。
「実は……管理人室の奥で、不思議な本を見つけたのですわ」
「不思議な本?」
声を落としたままで、フェリシアは告げる。
「魔力が渦を巻いてるような、不思議な本でしたの」
「……それは」
思い出しながら、フェリシアは伝えた。情報屋のメフィストなら何かしらを知っているだろう、と踏んでのことだ。途端にメフィストの表情が真剣なものに変わる。それで、彼は何かしらを知っているようだとフェリシアは察した。
「まるで、実在してはいけないような。神の理を捻じ曲げるかのような、妙な雰囲気で……」
「ああ、とうとう見つけられたのですね」
そこまで伝えると、メフィストはどこか安心した様子になる。何かしらの確信を持ったようだった。
「何をです?」
彼だけが何か納得している様子が気に入らない。何に納得しているのか、とフェリシアは問うた。
「『魔導書店の秘密』を、です」
「え?」
「では、先ほどの話の続きでも」
戸惑うフェリシアをそのままに、メフィストは話題を変える。
「……元婚約者の情報かしら?」
相槌を打ちつつ、彼が急に話題を変えるのは何かあると思い、そのまま聞くことにした。彼は、無駄な話はしないはずだ。
「ええ、そうです。……彼はどうやら、魔導書店の秘密を欲しているようでした」
「魔導書店の秘密……」
話が戻ってきた。きっと、フェリシアが見つけてしまった本と関係があるのだろう。
「それは店主の部屋に隠されていたもの。あなたが見つけた、不老不死の魔導書。……正しくは、不老不死の薬のレシピ本です」
「不老不死の薬?」
「以前、言いましたでしょう?」
言われ、フェリシアは『不老不死の魔導書がこの魔導書店にある』という噂をメフィストが教えてくれたのを思い出す。まさか、あの噂が本物になるとは思いもしなかった。
「……そういえば、そんなことをおっしゃっていましたわね」
婚約期間中も、元婚約者が不老不死の術を欲していたなとフェリシアは思い返す。婚約時代から、元婚約者はこっそりと怪しい魔術師達とも交友を持っていた。不老不死を求めていたのだろう。
「そう言うものは、本来はありえないのですがね」
そう、メフィストは呟く。
「男爵や子爵、伯爵あたりだと確かに不老不死を求める者が出てきます。ですが、それを求めるのは精神が未熟だからです」
彼はバッサリと言い切った。
「精神が成熟していれば自身が老いて死に、世代を次に継がせることの大切さがわかるそうですからね」
「誰からの受け売りですの?」
「ヨハンさんからです」
「あら、まあ」
フェリシアは、自身に魔導書店を譲ったヨハンのことを思い出す。ヨハンは自身の信念に従って、まっすぐに行動したようだ。
「それはそうとして、なぜこの書店に不老不死の薬のレシピ本がこの書店にあるのかしら?」
「話を聞いてみますか?」
フェリシアが疑問を口にすると、待っていたかのようにメフィストは訊き返した。
「聞きに行けるの?」
「ええ、私はヨハンさんの住処を知っています」
けろっとした様子で、メフィストは連絡用の端末を取り出す。どうやら、連絡先も持っているようだ。
「まずはアポイントメント取らなくては」
メフィストは端末を操作し、ヨハンと連絡を取り始める。
「そうね、急に来ては悪いわね」
随分と準備が良い、と思うも彼が吟遊詩人であり占術師だ。
「占いの際にでも、聞き出したの?」
「ご明察です。意外とあっさりと教えてくださったので、彼も私に情報を渡しても問題ないと判断していたようでした」
それからすぐ、「来ました」とメフィストが端末に触れる。ヨハンから返事があったようだ。
「『是非ともおいでください。フェリシアさんと一緒にね』……だそうです」
メフィストは少し笑った。どうやら、メフィストがフェリシアと一緒に居ることも気づかれていたらしいとフェリシアは悟る。
許可を貰ったので、二人はヨハンの家に行くことに。
「ヨハンさんって、何者なのかしら?」
ブックカフェを出、フェリシアは呟く。
「高名な魔術師ではありますよ。魔術塔のトップだった方ですから」
すると、メフィストが教えてくれた。
「そんなすごい方でしたの?」
「彼は自らの経歴をひけらかすような方ではないですからね」
「魔術塔、といえば宮廷魔術師に次いで国で高位の魔術師の研究機関ですわよ」
「ええ、彼は権力に興味がなかったのでしょうね」
言いつつ、二人は馬車に乗り込んだ。




