外出提案
休日のある日。
メフィストがフェリシアの元を訪ねて来た。事前に「この日、あなたの家に伺います」と連絡を受けていたので、驚くことはない。聞いた話では、入手した情報を伝えたいとのことだったが。
せっかくなので、フェリシアは報酬の刺繍したハンカチを仕上げていた。
「珍しいわね、家にまで来るなんて……」
玄関で出迎えれば、そこにちゃんとメフィストが居る。
「一緒にお出かけをしませんか。1日だけ、あなたの休日の時間をください。良い情報を入手したのです。報酬を与えるのだと思って」
「そこまで頼み込むなら……」
とフェリシアは承諾。2人で出かけることに。
マリーはどこか嬉しそうに「行ってらっしゃいませ」と見送ってくれた。ニコラスとウィリアムは、やや心配そうだったが、「私は魔術師でもあります。ご安心を。あなた達の主人を、守って見せます」とメフィストが告げ、引き下がってくれた。
「どこに行くか、予定は決めていらっしゃるの?」
移動の馬車の中で、フェリシアはメフィストに問う。フェリシアもメフィストも貴族だ。だから、個人での移動用の馬車は所持していた。フェリシアは家を出て言った身なので、正直に言うと馬車に乗るのは久々だ。
それに、彼の馬車は魔動機らしく、御者を不要とし、好きな時に収納できるらしい。さすがは魔術師である。
「それは無論。誰かに聞かれることもありません」
出かけた先は、静かなカフェだった。木造だが呪猫とはデザインが少し違う。(いわゆる洋風)
「ここは、人が少なくとても落ち着ける場所です。情報交換にもうってつけなのです」
そして、メフィストは個室に案内した。
「私への当てつけかしら?」
遠回しに『あなたの店は騒がしい』と言ってないかと、冗談交じりに言えばメフィストは緩く首を振る。
「滅相もない。敵情視察だと思えばよいでしょう?」
「敵情視察……」
「あなたの飲食店とはコンセプトが異なる店です。何か、参考になるのでは?」
「そう言えば、最近は忙しくて出かけるのもほとんど買い出しばかりだったわ」
「気晴らしになったのなら、幸いです」
きっとメフィストも色々と考えてくれたのだろう、と思ったので野暮なことは言わないでおこうと思ったのだ。実際、フェリシアは呪猫以外の喫茶店に行ったことがない。良い経験になると分かっていた。
×
「あなたの欲した『元婚約者の動向』。入手できていますよ」
「本当!?」
早速メフィストは切り出し、フェリシアはやや食い気味に返事をする。いい加減、元婚約者の問題から解放されたかったのだ。
「最近、元婚約者は家が没落し始めており、焦っている様子ですよ。このまま尻尾を出すのも、時間の問題かと思われます」
冷静に、淡々とメフィストは情報を開示してゆく。周囲には防音の魔術結界を張ってくれているようだから、余計な情報漏洩も気にしなくて良さそうだ。
「新たに婚約した男爵令嬢とはどうなったの?」
「どうやら、金づるにされていたのがバレて、婚約破棄されたそうです。侯爵家のみならず低位の男爵家の者から婚約を破棄され、伯爵家の信用は無いに等しくなりました。『領主を変えろ』と暴動が頻発しているそうで」
この様子だと、本当に没落も秒読みだろう。だが、フェリシア自身としては勝手に没落するのをズルズルと待つより、フェリシア自身の手でさっさと終わらせたいところである。
「私が居た頃は多少の不正はあったけれど運営は安定していたのに……」
フェリシアが思わず呟くと
「バランスを取ろうとしたあなたがいなくなったことで、悪い方に傾いてしまったのでしょう。あなたさえ取り戻せば元に戻ると考えているのでしょうね」
そう、メフィストは返す。
正直、あの状況の領地を運営してくれと言われてもお断りだ。面倒なことこの上ない。いっそのこと、頭を挿げ替えて新しい領主に運営してもらった方が早いまである。
「そうでした。情報は、まだまだありますよ」
そう言い、メフィストは元婚約者の悪い情報を開示してゆく。その中には悪い魔術師や悪い集団との関わりなどが山ほどあった。
「そこまでして、私に嫌がらせをしたかったのかしら」
頬に手を充て、フェリシアは呟く。
「あなたがとても惜しくなったのでしょうね」
そうメフィストは返した。
「あなたは美しいし、領地運営の才能もある。失ってから気付くとは愚かな男です」
「そうかしら? 私はある情報をもとに、ただ分析して利用できるところに使っているだけだわ。あの男が何も考えていないだけよ」
「きっと、あなたの才能が羨ましくて疎ましかったのでしょうね。そして、気を引きたかったのでしょう」
「……くだらないわね。私を不快にさせて、不当に扱って。そんな男は願い下げですわ」
フェリシアは吐き捨てる。どうしてあんな男と婚約してしまったのだろう、とため息が出た。
「次、誰かと一緒になるのなら。私を大切にしてくれる人が良いわね」
思わず、フェリシアは呟く。
「そうですか。大切にしてくれる、だけで良いのですか?」
どこか面白そうに、メフィストは問うた。問われ、フェリシアは少し思考する。
「……そうね。大切にしてくれて、魔導書店と飲食店の運営に口出ししない人が良いわ。口出しをするにしても、運営を良くしていく方面にしてほしいわ。それに、器の大きい人が良い」
「器が大きい人……ですか」
「ええ。私に嫉妬しないで、受け入れてくれる方」
「なるほど。それなら安心ですね」
フェリシアの返答に、メフィストは安心した様子を見せた。
「安心って何がです?」
「いえ、こちらの話です。あなたに感心することは在れど、あなたの才能に嫉妬などしないですからね」
「あら、あなた私に感心なさるの?」
「はい。柔軟な考えや、実行力の高さに」
「お褒めにあずかり光栄ですわ」
メフィストは柔らかく笑い、つられてフェリシアも笑う。彼と一緒だと、フェリシアはなんだか安心できるのだ。
「それで。この情報はどういたします?」
真剣な表情に戻り、メフィストは問うた。
「無論、反撃に使うわ。ようやく、あの男を懲らしめることができる」
フェリシアはまっすぐに答える。無論、情報を悪用するつもりは無い。だが、懲らしめてやらないと気が済まないのも確かだった。
「ここから頑張らないとね」
フェリシアは気合いを入れる。持っていた不正な書類や、呪物達の使い所だ。




