脅威執着
「さすがにこうも長引くと、困ってしまうわね……」
いくつ目かの呪物を前に、フェリシアは頬に手を充てた。メフィストがたまに結界を張ってくれるので、自称経営者の男は店内に入ってきていない。呪物に関しても、メフィストに頼んで無効化してもらっていた。
「困ってしまう、の段階は越えていますよ!」
マリーは頬を膨らませて抗議する。確かに、困る、の段階は超えているかもしれなかった。あとは軍部に提出するだけだと思うのだが、それでは根本的な解決をしなさそうだとフェリシアは感じていた。
なぜなら、あの自称経営者の男がただ断られただけでこんなに執着するのはおかしいと思っていたからだ。何か、裏がありそうだ。
「ウィリアムに頼んで、あの男について調べてもらいましょうか」
フェリシアは呟く。
「なぜウィリアムに頼むのですか?」
マリーは「情報屋の友人に頼んだ方が良いのでは?」と問うた。確かに、そちらの方が確かな情報は取れるだろう。
「手っ取り早いし、実は今、彼にあの自称経営者の男の後を付けさせているの。友人に頼むより早いと思うのよ。でも、彼にもお願いしてみようかしら」
そう、フェリシアは答えた。そういえば、報酬の刺繍はもうほとんど終わっている。いつ彼に手渡そうか、とフェリシアは思考する。
「(……お店に来ている時に渡す、と言うのは早いけれど少し失礼かしら?)」
どこかで、メフィストと二人きりになれる時間を作った方が良いかもしれない。フェリシアはそう思うも、どう声をかけたら良いのか分からなかった。
×
そして後日。
「裏で、糸を引いている貴族が居ましたよ」
ウィリアムがそんな報告をしてくれたのだ。詳しく聞くと、それは元婚約者だった。
「またあの男ですか!」
「しつこい男ですね……」
マリーやニコラスは怒ったり呆れたりする。
「繁盛しているのが気に食わないそうで」
ウィリアムはそう付け足した。理由も、そんなくだらないことだったようだ。
「器後小さな男ですね! こんな男と一瞬でも婚約関係にあったお嬢様が可哀そうです!」
マリーは憤慨していた。彼女が怒ってくれるお陰で、フェリシアは冷静になれる。だが、本当に器の小さな男だ。それに、執着心も強い。それが、フェリシアには恐ろしく感じられた。
「あの自称経営者の男は、金で雇っていただけのようですね。もう切り捨てられているようです」
そうウィリアムは淡々と告げる。今、あの自称経営者の男を問い詰めても、すぐには元婚約者に辿り着くのは難しいらしい。それを聞き、フェリシア達は落胆した。
「一人だけでなく、毒蛇の公式組織にも手を出しているようで」
ウィリアムによると、毒蛇の公式組織とも組んでいるらしい。組んでいる、というより雇われているそうだが。分かりやすい営業妨害はしていないらしいが、客に紛れてこの店の情報を元婚約者に何度か流していたそうだ。
毒蛇の公式組織は、金さえ払えば命令の通りに動く組織だ。基本的に雇い主の命令に忠実で、公平をモットーにしているそうだ。恐らく、公式組織は公平をモットーにしているから、営業妨害をしなかったのだろう。そのあたりをフェリシアは内心で感謝した。
「彼、口は上手いですものね。信用を勝ち取ったのでしょう」
フェリシアは納得する。昔のフェリシア自身も、彼の説得にほだされてしまったことは何度かあった。思い出すと腹立たしいことこの上ないが、あの元婚約者はそういう男なのだ。
「公平な組織を、こんなことのために使うなんて……」
マリーも困惑を隠せないでいた。
「逆に組織を利用して、元婚約者達の悪事を暴きましょうか」
機転を利かせ、フェリシアはそう提案する。マリーもウィリアムもそれに賛成してくれた。
それからすぐ、毒蛇の組織に『店に嫌がらせをされているから解決して欲しい』と手紙で依頼。『すぐに対応する』と返事がくる。手紙はウィリアムが持ってきてくれた。
「返事が早いわね」
フェリシアが感心していると
「特殊な通信方法があるんですよ」
そうウィリアムが答える。
「あら、詳しいのね」
「……ええと。そう言われています」
誤魔化すのが下手だな、と思うも深くは追及しないでおくことに。
×
「お嬢様、手紙です」
メフィストや公式組織から手紙が来たかと思えば、そうではないらしい。
「お父様とお母様から?」
両親からの手紙だったのだ。内容は、『店の繁盛の話を聞いている』こと、『元気そうで何より』『最近よくない噂を聞くが大丈夫か』等の内容だった。
フェリシアは婚約したくなくて勢いで家を出て行ったが、両親は心配してくれているようだ。
「お父様お母様……心配してくださり、ありがとうございます」
なんだか胸の内が熱くなる。早速、フェリシアは手紙を書き始めることにした。
手紙を詳しく読んでいくと、両親は元婚約者の情報をいくつか書き記してくれていた。
『元婚約者は、どうやら男爵令嬢と仲違いをしているらしい。不倫相手と婚約した影響かと思われる。商売が上手くいかなくなっているのだそうだ』
「ふぅん。ほとんど自業自得のようなものよね」
最近は元婚約者の姿を見なかったが、あちらも色々とトラブルが起こっていた様だ。
『お前の時と同じように、婚約相手に領地運営を丸投げしようとしたらしい。だが、向こうが嫌がってもめているのだとか』
「きっと……こう言ってはいけないけれど、没落が早そうだわ」
フェリシアは呟く。
元婚約者は領地運営などできないだろうから。彼のところに兄弟は居たかしら、と一瞬思考して、「関係ない話ね」と思考を振り切る。
「一番可愛そうなのは、領地民や、周囲の領地の方達よね……」
零しつつ「お知らせありがとうございます」と返事を綴ってゆく。
『もしかすると、あなたの元へ直接来るかもしれない。だから、気を付けるように』
と警告も書かれていた。
「(もう何度も来てますけどね)」
と思いつつ、フェリシアは警戒を強めなければ、と気を引き締める。
×
ひとまず、あの迷惑な自称経営者の男は軍部に突き出すことにした。だが、呪物を作った者はこの男ではないらしい。「ただ渡すように言われていただけだ」と供述したらしい。
やはり、自称経営者の男を捕まえるだけでは根本的な問題は解決しないようだ。




