配送呪物
勝負の勝者は、メフィストだった。
「私の勝ち、ですね」
「そのようです。お強いですね」
悔しそうだが、ジョンはどこか晴れ晴れとした様子だ。
「優勝してしまうなんて、すごいわね」
一段落した様子だったので、フェリシアはメフィストに声をかける。すると、彼は表情を和らげた。
「当然ですよ。勝てる用意をしましたから」
メフィストの言葉に、ジョンはふと表情を変える。
「やはり、『あなたの勝ち』の様ですね……いつから仕込んでいたのです|か」
「……ふふ。出会った時からですよ。良い勉強になりましたね」
「……。呪猫の貴族とは何たるか、学ばせていただきました。……これでは、私に家督を譲られるのはもっと先のような気がしてしまいますね」
ジョンの答えに、メフィストは満足そうに小さく笑った。
「どうかしたの?」
フェリシアが声をかけるも、「何でもないです」とジョンは返す。
「いえ。年季の違いを見せてやったところです」
対して、メフィストはそう答えた。
「ふぅん? 大人げないわね。でも、真剣勝負なら仕方のないことですわ」
「ご理解いただけた様で」
フェリシアは象棋の勝負事の話かと思っていたが、メフィストの様子だと何か含みがありそうだ。
「……では、私はそろそろお暇しますね」
「はい、また」
ジョンは帰るらしい。準優勝の品を受け取り、彼は去っていく。
「すごーい、あの人優勝したんだって」
「当然でしょう。象棋は上手いですからね」
「負けたことあるの?」
「私とは、引き分けが多いですね」
「ふーん」
ラファエラとフォラクスはそんな会話をしていた。どうやら、フォラクスはメフィストと象棋をしたことがあるらしい。
「もしかして、今日は負けそうだから参加やめたの?」
「様子見です。問題なさそうで。それに、彼が会場に結界を仕掛けた時点でこの会場は彼の陣地となりました。腹の中で蟻が勝てるわけもないでしょう」
「ふーん。きみのお兄さんみたいなことするね」
「呪猫の貴族はそれが基本ですからね」
「やっぱ嫌なところー」
言いつつ、彼女達は退店した。何か、聞き捨てならない会話が聞こえた気がしたが「すみません、宜しいですか」とメフィストが声をかけたので、フェリシアはそちらに気を向ける。
「何かしら?」
「持ち帰りの品を頂いても、宜しいでしょうか」
メフィストは優勝ついでに、持ち帰りの品を購入するつもりらしい。いくつか品物を注文した。思いの他、女子に人気の商品ばかりだ。
「持ち帰りですか? 珍しいですわね」
と商品を包みながら問うと、
「今度、妹が来るのです」
そう彼は返す。
「妹さん……ですか?」
「そうです。可愛らしいのですが、少々おてんばでしてね。機嫌伺いの菓子を」
メフィストはどこか気恥し気に笑う。
「あらあら、妹さん思いなのですね。呪猫の女子と言えば、お淑やかであるとされていますが」
「外ではそうなのですがね」
彼の妹とは、一体どのような人物なのだろう。フェリシアは少し考えてみるが、全くわからなかった。だがメフィストの妹なのだから、きっとちゃんとした人なのだろうと想像がつく。
「あら。きっと、お兄様であるあなたに甘えていらっしゃるのでしょうね」
「そうですかね」
会話が一段落したところで、フェリシアは商品を手渡した。
「改めて、優勝、おめでとうございます」
「ありがとうございます。コツコツと続けていた甲斐がありました。この調子でもっと精進したいですね」
メフィストは微笑み、商品を受け取る。そうして彼は帰っていった。
象棋の大会は大成功でおさめた。そのことに一安心するフェリシア。
「……これで、もう余計なことをしてこなければ良いのだけれど」
呟くも、胸の内の不安は拭われなかった。
×
「お嬢様。例の男が妙な品物を渡そうとしています」
象棋大会から数日後、マリーが困惑した様子で声をかける。例の男、とは自称経営者の男のことだ。やはり、余計なことをしてきたようだ。
「『仲直りの品』だと言っているようですが」
何か、品物が送られてきたらしい。「あからさまに怪しかったので、まだ外に置いています」と彼女は告げた。良い判断だ。
「……これは」
外に出ただけで、嫌な気配がした。フェリシアは眉を寄せるが、マリーやニコラスには分からないようだ。ウィリアムは少し険しい表情をしている。
「恐らく、呪物よ。魔力が濁っている……悪意が強いわ。どこからどう見ても、これは良くないものだわ」
それを『目』で見ただけで、フェリシアは呪物だと看破した。その品物の効力は知らないが、持ってて良いものでないことは確かだ。
「どうしました」
かけられた声に顔を上げると、そこにはメフィストが立っていた。入店するつもりだったのだろう。
「この呪物、扱いに困っていまして」
「呪物、ですか。なら、私が対処しておきましょう」
外に置かれた品物を一瞥し、
「これは、悪運を呼び寄せる類のものですね」
とメフィストは呟く。
「悪運、ですか」
「弱いですが、徐々に蝕むものかと。粗悪ですが、術は確かなものの様です。これなら簡単に対処できます。良かった」
メフィストは頷き、その呪物を無力化した。何か魔術ではない文言を唱え、軽く印を組んだようだ。
「無力化しておきましたよ」
言われ、確かに嫌な気配が無くなっていることをフェリシアは確認した。ウィリアムも同意らしく、頷く。
「ありがとうございます。何か、お礼を……」
「なら、この店のお茶と菓子で十分ですよ」
「本当ですか?」
「欲張ることでもありませんし。十分、あなた方にも負担は少ないでしょう」
呪物を無力化したお礼に、と何か提案しようとするもメフィストは断る。本当に、彼にとってはあまりにも些細な事だったかのような対応だった。
「呪物への対応に、随分と慣れていらっしゃる様子ね」
「ええ。呪猫当主様の元にはよく届きますので。対処など、よく任されるものです」
しれっととんでもないことを彼は告げる。どうやら、本当に呪物への対処には慣れているらしい。
「ところで、これはどうしますか?」
「何かの証拠になるかもしれないから、取っておきましょう」
呪物だったものについてニコラスが問うたので、フェリシアはそう答えた。ウィリアムとニコラスに任せて、店内の適当な邪魔にならない場所に置いてもらう。
そんなこともあったが、あとは何事もなく日々を過ごした。




