象棋大会
象棋の大会の、本番が来た。フェリシア達は早朝から店を開け、参加者達の受付を行う。
魔導書店自体は式神に任せ、フェリシア達は飲食店の運営に注視することに。
思いのほか象棋の大会に参加する者は多く、貸し切りにしておいて正解だったようだ。
「おはようございます」
仕事着でない普段通りの格好で、メフィストが現れた。
「あら? あなた、来たのですか」
「せっかく、あなたの店で象棋の大会が開かれるそうですからね。象棋は得意なのです」
彼は穏やかに笑う。つられて、フェリシアも少し笑った。最近は自称経営者の男からの嫌がらせで笑う暇もなかったわね、と思い出す。
「そう言えば、手紙でも仰っていましたわね」
「最近の噂や出来事には、私では力添えが出来なくて申し訳ないです」
メフィストは少し愁いを帯びた表情になる。彼は軍人でないから、特に役には立てないのだ。
「あなたも、参加するのね?」
フェリシアはメフィストの背後に視線を向け、ジョンに問いかける。
「主催ですからね。参加しないわけにはいきませんよ」
ジョンはそう告げた。話によると、それなりに象棋は嗜んでいるそうだ。
「今日はあの男が騒げないように、魔術結界張っておきますね」
そうメフィストが告げ、彼は一旦店の外に出て行った。それから少しして、メフィストは店の中に戻ってくる。
「できました。これで、今日一日はあの男はこの店の周辺で騒げません。安心して大会が開催できますよ」
「ありがとう。いつもできたらよかったのだけれど……」
「さすがに、私にも仕事がありますからね……ただ」
「ただ?」
「毎朝、私が結界を張ることもできますが……私が近くに住むとかね」
そんなことをメフィストが告げた。
「それはさすがに申し訳ないわよ。自分で、名前を知らない方も顔だけで排除できる結界を張れるよう勉強しますわよ」
「そうですか。それは残念」
何が残念なのだろう? とフェリシアは首を傾げる。ただ、魔術の勉強をするとなれば、やはりまたメフィストの手を借りる必要があるかもしれない。
「へー、ここがチェスの大会の会場なんだ」
それから少しして、魔女ラファエラが入店する。興味深そうに、周囲を見回した。
ラファエラは伴侶のフォラクスを伴って来た。
「あら。あなた達は、参加するのかしら?」
そうフェリシアが問うと、
「ううん。わたしは見学」
とラファエラは首を振る。
「私も見学です」
フォラクスも告げ、見学者用の受付を二人で済ませた。
「きみも参加しないの?」
ラファエラが不思議そうにフォラクスを見上げるも
「別に。参加せずとも痛手ではありませぬ」
フォラクスの表情は変わらない。
この大会は飛び入り参加が可能なので、当日受付しても問題がないようにしている。
「飛び入り参加はできますわよ」
フェリシアが言うも
「いえ。今回は見学を致します。勝てそうにないので」
とフォラクスは首をゆるく横に振った。『勝てそうにない』と言うのは参加者でも見たのだろうか。内心でフェリシアは首を傾げる。
「……ふん。順調そうで、何よりです」
フェリシアの顔を見、フォラクスは告げる。
「何のことです?」
「いえ。あなたの良縁の話です」
「良縁……」
言われて見れば、お守りを何度か渡されていたなとフェリシアは思い出す。最近はお守りを渡されることもめっきり減っていた。なぜかと彼に問うと、『もう必要がない程に深く、縁は結ばれましたから』とフォラクスは告げたのだ。何か、満足する結果になったらしい?
「魔導書店も、飲食店も。どちらともに大繁盛でしょう。客との縁が存分に結ばれているようで」
「そうですわね。あなたのお守りのお陰かもしれませんわ」
くすくすと笑い、フェリシアは頷いた。確かに、彼のお守りはなんとなく影響がありそうな気がしていた。
「よかったねー」
とラファエラはフォラクスを見上げる。だが彼は「当然です」そう言い、ふい、と顔を少し逸らすだけだった。照れた様子もなく、本当に当然のことだと思っているらしかった。その後、フォラクスはメフィストの方へ向かって行き、何か会話をしている様子だった。
「ね。きみのお店を悪く言ってる人、『メッ』ってしてあげよっか?」
そう残されたラファエラがフェリシアに問う。
「いいえ。これは自分の力で何とか致しますわ。お気遣いありがとうございますわね」
だが、それをフェリシアは断った。なぜなら、軍部に証拠を提出すれば問題なく終わるだろうし、わざわざ他者の手を煩わせるような内容でないとフェリシアは思っていたからだ。
×
今回の大会は勝ち数を競うので、誰と勝負をしても良いことになっている。
メフィストとジョンは、順当に勝ち進んでいる様だった。参加者達と片っ端から勝負をして、勝ち数を重ねている。
いよいよ、メフィストとジョンの勝負になる。
「……何か、私に訊きたいことでも?」
象棋の駒を動かしつつ、メフィストはジョンを見る。
「あなたは、彼女の何ですか」
ジョンが静かに問うた。
「友人、ですが。……今のところは」
「そうですか」
2人は何かしら会話をしているようだが、フェリシアは店の運営に勤しんでいるため詳しいことは聞き取れない。さらに外に聞こえないよう、メフィストは防音の結界を張ったようだった。
「ではこちらも聞きますが。あなたは、何のつもりですか?」
メフィストは問い返す。それに面食らったようで、ジョンは一瞬言葉に詰まった。
「……こちらも、友人のつもりですが」
「なるほど。では同志ですね」
駒を置きつつのジョンの答えに、メフィストはにこりと微笑んだ。
「そんな言葉で片付けて良いものでは……」
とジョンが口ごもっていると
「まあ、私は満足していませんが」
言いつつ、メフィストは駒を動かす。
「……は」
「あなたはどうですか?」
戸惑うジョンに、メフィストは問いかけた。
「私は……」
互いに、フェリシアをどう思っているか腹の探り合いをしているのだ。
「私も、彼女の友人なのは……少しつらい」
零すように、ジョンが呟く。ジョンが駒を動かし、メフィストの番が来た。
「策に嵌ったのか、元からそのつもりだったのかは心底興味はありませんが」
言いつつ、メフィストは駒を掴んで動かす。
「この勝負、私が勝ちに行きます」
「な……!?」
コン、と駒を置き、メフィストは告げた。
「チェック、です」




