依頼結果
「それで。あなたの依頼についてですが……」
早速、メフィストは切り出してきた。フェリシアも気を引き締める。
「婚約破棄した貴族男性の動向は、天の神の采配ギリギリの活動が散見されます。前科持ちの者とのやり取りは無論、悪意の強い魔術師と交流をしているようですね」
「悪意ある魔術師……?」
「いわゆる嘘つきや詐欺師として一部で有名な魔術師達です。……噂によると、呪術などの不確かな術に手を出しているとも」
「まぁ、呪術?」
フェリシアは口元に手を充て、眉をひそめる。
呪術とは、いわゆるオカルト的な眉唾物の術だ。悪意が強いものとされ、禁術だとされている。元婚約者がそんなものに手を出しているなんて、思いもしなかった。
「これが、関わりのある者のリストです」
「ありがとう、助かりますわ」
メフィストが差し出された書類を、フェリシアはサッと回収する。内容にきちんと目を通すのは、後でゆっくりとする予定だ。
「もう一つ、魔導書店の噂についても報告いたします」
「魔導書店の……噂?」
首を傾げると、メフィストは神妙な顔をする。
「どうやら、『不老不死の魔導書』なる本がこの書店内にあるのだとか」
「『不老不死の魔導書』? ヨハンさんからは何も聞いていませんが……」
初めて聞いた話だった。
「ともかく、噂を本気にした者が現れる可能性があります。戸締りと防犯はしっかりとなさってください」
「分かったわ」
「これで、入手した情報は全てです」
メフィストはそう告げる。
最後に言われた『不老不死の魔導書』が一体何なのか、どこにあるのかは全く分からない。だが、メフィストの情報収集能力はかなり高いと知ることができた。
「では、報酬を」
「ちょっと待って」
報酬の話をしようとしたメフィストを、フェリシアは呼び止める。
「……何か?」
「引き続き調査してくれないかしら。追加報酬も払います」
怪訝そうなメフィストに、フェリシアは新たな提案を行った。このままでも情報は十分だが、もっと見ていた方が良いだろうと思ったのだ。
「追加報酬ですか……それなら、刺繍に比翼の鳥を追加していただけませんか」
メフィストはそんなことを告げた。報酬の刺繍に、もう少し手を加えてくれと言うことらしい。
「……比翼の鳥は、良縁の印ですね。あとは出世とか」
「……」
「いっそのこと、鳳と凰なども縁起が良いでしょうね」
「……貴女が楽しいなら、それで良いです」
楽しそうなフェリシアに、メフィストは小さく苦笑した。
と言うことで、新に比翼の鳥をモチーフにした鳳と凰の絵を刺繍することになった。少し大変そうだが、情報を高値で買うよりはましだろう。そうフェリシアは思った。刺繍も大変だが、彼のためだと思うと不思議と苦痛でないのだ。
「用事は終わりかしら?」
「……そうですね」
「今から、また新しい図案を考えないといけませんわ。では、また」
「ええ、また」
報酬の取り決めが終わり、別れる。メフィストはいくつか魔導書を購入してくれたようだ。
「(報酬……私はほとんど無料の刺繍だけれど、彼は本当に構わないのかしら?)」
メフィストの場合、ほとんど本を購入してくれる。だから、彼の来店は売り上げに貢献しているのだ。
「(……彼が良いというのを、そのまま鵜呑みにしても彼が損をするだけだわ。他に、何か報酬をおまけしてあげましょう)」
追加報酬について、少し思考する。
×
「随分と長く、フロンスさんとお話していたようですね」
伺うように、マリーが声をかけた。
「そうだったかしら?」
時計を見るも、思っているほど時間は過ぎていない。恐らく、マリーの軽口だろうと片付ける。仲良くしている相手に、少しヤキモチを焼いていたのかもしれない。
「殿方と二人きりで長く話すなんて、誤解されても仕方ありませんよ」
手を腰に当て、マリーは少し頬を膨らませる。
「そう言ったって。人に聞かれてほしくない話だったのだから、仕方ないわよ」
「……何を話していたのですか?」
「お仕事の話。内容は詳しく言えないわ。ごめんなさいね。……そういえば彼、私のペンフレンドだったのよ。良かった、知っている人で」
「そうなんですか? それなら、報酬のハンカチはもうお渡しに?」
マリーは少し目を輝かせた。やけに距離の近い客から、信用できる者に格上げされたようだ。
「いいえ。追加依頼をしたから、もう少し刺繍をするわ」
「それなら、次は何を刺繍するのですか?」
「比翼の鳥よ。鳳と凰で書こうかと思っているのだけれど……」
「……本当に、それで良いんですか?」
とマリーは驚く。
「刺繍の意味はわかってます?」
「それはもちろん。比翼の鳥は良縁の印、あとは円満な結婚ね」
「分かっているのになぜ?」
「彼が言い淀む姿は面白いと思わない?」
くすくすとフェリシアは笑うも、マリーはやや不満そうだ。
「付き合いの長いご友人だと分かってから、距離が近くないですか?」
「あら、ヤキモチ?」
「ヤキモチと言うか……」
困った様子で、マリーは視線を動かす。
「本当に、良いのですか?」
再度、確かめるようにマリーはフェリシアに問いかけた。
「なにがかしら? 私の恋愛や噂話については、私が本当にしなければ良いだけの話。特に問題はないと思うわ」
「いいえ、これ以上踏み込むのは野暮でしょうから……」
首を傾げれば、マリーはやや諦めた様子で首を振る。誰と誰が親しいとか、誰と誰が一緒に居ただとか、噂などどうとでもできる。悪意のある噂でなければ良い、とフェリシアは考えているのだ。
それに、今フェリシアは誰かと結婚する気も付き合う気もない。だから噂を利用して、余計な声をかけられないようにもしている。これは嘘ではないし、実際の恋愛感情の有無は置いといて、親しくしているのは事実だ。それをどう解釈するか、それだけの問題だとフェリシアは考えていた。
「ともかく。新しい情報が手に入ったわ。これで対策が取れるわね」
「それは良かったです」
メフィストから貰ったリストに載っている、怪しい魔術師達を魔導書店に入れないよう設定する。だが、元婚約者は入れるようにしておく。そうすれば元婚約者が直接、魔導書店に手を下すしかなくなるはずからだ。
防犯についても、宮廷魔術師に依頼をし魔術で強化してもらうことにした。




