証拠提出
「……彼と何を話していたのですか?」
少しして、フロンスが戻ってきた。どこか不安そうなその様子が、なんだかおかしく感じられる。思わずフェリシアがくすくすと小さく笑うと、彼は少し不思議そうな様子を見せた。恐らく報酬の話をしに来たのだろうから、彼をカウンターの中の方に招く。
「あなたに用心しなさい、と言われたわ」
「それは……」
きちんと答えると、彼は戸惑ったようだ。無論、フェリシアは他者として用心しているつもりだ。だが十年来の友人(推定)だと思うと、甘くなってしまうかもしれない。
「『呪猫の貴族は何を考えているか分からない人が多い』とも」
「そうですか。彼も、あなたも呪猫の貴族ですがね……」
「そう言えば、そうでしたわね」
フロンスの指摘に、くすくすと笑うフェリシア。同じようなことを考えていたのだ、と思うとなんだか嬉しい気持ちが湧いた。
「彼はまだ家督を譲られていませんもの。制限が付いていないのですわ」
「ああ、つまりはまだ素直と言うことですか」
フェリシアの言葉に、納得した様子で彼は頷く。
「……ところで」
「はい」
恐る恐るフェリシアが切り出すと、彼は頷いた。
「あなたがメフィストなのは本当?」
「ええ、本当ですとも」
フェリシアが問えば、彼は警戒させないようにか、柔らかい笑みを見せる。
「メフィストに変わりをやってくれ、と言われたわけでなく?」
「はい。正真正銘、私はあなたのペンフレンドのメフィストですよ」
彼の表情は、嘘を吐いているように見えない。それに、彼は以前『侯爵家のフロンス』だと言っていたのだから、妙な嘘を吐くこともないだろう。侯爵家の者は、不利益な嘘は吐かないから。
「証拠は?」
「疑いますね」
詰めると、彼は小さく笑う。
「なぜ、楽しそうなの」
「あなたに構われることが、嬉しくて」
フェリシアが問えば、『嬉しくてたまらない』と言わんばかりの態度を示す。
「全く!」
「ふふ。ほら、証拠です」
フェリシアが軽く怒って見せるも、彼には効いていない様子だ。言いつつ、彼は、懐から見覚えのある文香を取り出した。
「これは……メフィストの文香?」
「えぇ。これは私が自分で調合している香です。あなた、この匂いに気付いていましたよね」
「そうね。匂いには、気付いていたわ。確証はなかったから、何も言わなかったけれど」
言われ、確かに訝しんでいたことをフェリシアは認める。魔力の香りと混ざって分かり難かったが、最終的にはメフィストの文香だと確信していたのだ。
「目の前の情報に飛びつかず、慎重であることは大事です」
フェリシアの反応に、彼は満足そうに頷く。文香を仕舞ってから、次に彼は手紙を取り出した。
「ほら。文香だけでは確証が足りないでしょうから、あなたの手紙も持ってきましたよ。……印字が付いているでしょう?」
「あら、本当ね」
渡された手紙は、確かにフェリシアがメフィストに出した手紙だ。郵便局を通して配達された証拠の、印字だって付けられている。
「誰かの家から持ってきた……訳ではないのよね?」
「無論。窃盗は罪ですからね。侯爵を名乗っても神に罰せられていない私が、できるはずがないでしょう」
冗談交じりに返され、さすがに失礼だったかしら、と過った。
「……つまり、あなたはメフィスト・フロンスさんとおっしゃるのね?」
「まあ、大まかに言えばそうです」
聞けば、彼はどことなく曖昧な言い方で肯定した。
「『大まかに言うと』?」
「先程、彼に言われたでしょう? 私は呪猫の前当主の息子だと」
「……聞こえていらしたのね」
「情報屋ですから」
あんなに離れていたのに、ジョンの言葉が聞こえていたとは。どうやら、彼に隠し事をするのは難しそうだ。つまり、初めに彼が訊いた『何を話していたのか』という質問はわざとだったのだろう。それだけで、彼も慎重な性格なのだと察せられた。
「言われて見れば。占術師なら、個人情報は聞き放題よね。吟遊詩人なら、どこに居てもおかしくない……本当。よく考えられているわ」
「ご理解いただけた様で」
彼の職業について、フェリシアは腑に落ちる。彼自身の本業が情報屋なのも、おそらく呪猫当主に情報提供をするためだろう。呪猫当主の血筋の者は、当主と呪猫地方のために働くよう定められているから。
「それで、あなたが呪猫の前当主の息子だと何が違うの?」
「そうでした。私の名はメフィスト・フロンス・ラムフェレスです。呪猫の分家であるフェレスの苗字が付くので」
はっきりと、メフィストは告げた。気付けば周囲に防音の魔術結界が張られていたので、フェリシア以外には聞かれていない。
「面と向かって告げるのは、今回が初めてでしたね」とメフィストは、礼の姿勢をとった。つられて、フェリシアも礼の姿勢を返す。
「そうなのね……手紙にはそう書いたほうが良いかしら?」
「いいえ。今まで通り、メフィストで良いですよ」
口元に手を充て思考するフェリシアに、メフィストは軽い調子で返した。文通相手には姓名などを省いて良いとされているのだ。
「そう。なら、これからもよろしくねメフィスト」
「ええ、フェリシア。ぜひとも末長く」
フェリシアは手を差し出す。それをメフィストは掴んだ。軽く握手を済ませ、二人は手を放した。
「末長く、って大袈裟ね。でも、長く関係を続けるのなら末長く、で合っているのかしら?」
「少なくとも、私はあなたが誰かと婚約しても仲良くするつもりはありましたよ」
首を傾げると、メフィストはさらりと答える。
「ふぅん。婚約者のことについては、あなたは納得していないようでしたけれど」
「それはそうでしょう。あなた、婚約破棄の直前にはもう不満しか書いていませんでしたからね。どうやってこの結婚であなたが幸せになるにだろう、と疑問しかありませんでした。あなたが婚約破棄して、とても安心しています」
「そんなに不満しか書いていなかったかしら……?」
「ふふ。自覚がないとは、相当追い詰められていましたね。……本当に、別れて良かった。あのままでは、あなたが壊れてしまうところだったでしょうね」
不思議そうなフェリシアに、メフィストははっきりと頷いた。
婚約していた頃、別に元婚約者に盲目的になっていたつもりはない。だが、『家のために我慢しなければ』と思い込んでいたのかもしれない。




