書店引継
「では。これから、この魔導書店をよろしくお願いします」
深く頭を下げ、ヨハンは魔導書店を出て行く。その後ろ姿を見送りながら、フェリシアの胸の内は不安と期待でいっぱいだった。
ヨハンに店を譲られたので、これから自分達で店を回していかないといけない。
「しっかりしないと、よね」
呟き、フェリシアは気合を入れなおす。店主のフェリシアが不安そうにしていれば、従業員のマリーやニコラスに示しがつかないし、彼らをもっと不安にさせてしまうだろうから。
ヨハンさんのお別れの会とフェリシアの管理人引継ぎの会が、魔導書店内で行われた。事前に告知をしていたので、何人かの書店利用者が参加してくれる。そこにアーウェルサはいなかったが、フロンスや兄の友人のジョン、よく見かける常連客達が参加してくれていた。
「魔導書店の引継ぎ、おめでとうございます。こちら、ささやかですが魔術師や錬金術師達からの贈り物です」
と、利用者達から様々なものを貰った。『ささやかとは?』と首を傾げたくなる量だったが、利用者達の気持ちが伝わってくる。
「みな、あなた方の『これから』を祝う品物ばかりです。……慕われていますね」
などとフロンスが微笑むものだから、フェリシアもつられて笑った。ヨハンが居なくなってしまい少し寂しいが、その寂しさがふわりと和らぐ。
暖かい気持ちのまま、会は終わった。
「内装や外観も変えて良いと言われたし、もう少し客が来そうな内装や外観にしましょうかしらね」
元婚約者に『ボロい』と言われた外観を見回し、フェリシアは呟く。同意するのは癪だが、新規客が来づらい外観や内観なのは否定できない。
「ですが、アーウェルサさんは『魔術的に良い環境』だと言ってましたよ?」
マリーが首を傾げた。
「そうなのよね。ともかく、魔導書にとって良い環境にしたいわよね」
口元に手を充て、フェリシアは思考する。
「もっと、魔導書……や風水についてもっと勉強しなくちゃ」
「風水……ですか?」
「そうよ。経営を傾ける訳にはいかないのだから。魔術だけでなく、風水やおまじないにも頼る必要があるわ」
藁にもすがる、とまでではないが、おまじないや風水に頼るのは悪くないと思ったのだ。
「でも。まずは直接、利用者の魔術師達に訊いてみましょうか」
と言うことで、質問調査を設置することに。
「内装、替えるのですか?」
質問調査を設置していると、フロンスから声をかけてきた。
「私はヨハンさんと違いますもの。私が経営しやすい内観にしたいのです。許可もいただいていますし」
そう答えると、「確かに、あなたらしさを出すのも良いかもしれませんね」とフロンスは頷く。
「風水に関してなら、協力はできますよ」
フロンスは「どうですか」と首を傾けた。
「教えて下さるのですか?」
「ええ、私の知識と感性に寄ってしまいますが」
どうやって学ぼうか、と考えていたので思わぬ助け舟だ。
「なら、複数人から聞いた方が良いのかしら?」
「いえ、同じ結果を個人の解釈で分析する物ですから。頼る者は一人に絞った方が良いです」
「そうなのですね? ……分かりましたわ。あなたを信じてみます」
そうフェリシアが答えると、フロンスは(どこかほっとした様子を見せながらも)「信用に答えなければなりませんね」と表情を綻ばせた。
「(……彼は侯爵だと言っていたし、そこら辺の人達より悪意は少ないはず)」
彼が伯爵やそれ以下の身分、平民だったらやはりまだ警戒していたかもしれない。
×
フェリシアはフロンスから風水を教えてもらうことになった。
「ところで。あなたの仕事は問題ないのですか?」
そう問えば、
「私の仕事は暇つぶしのようなものですし、今はまだ必要にかられていませんので。時間に余裕があるのですよ」
と、労働者からすれば羨ましい限りな言葉を貰った。彼は吟遊詩人と占術師だ。不思議な組み合わせではある。
「(だけれど、多くの人と関われるお仕事なのよね……)」
フロンスから教えてもらう風水は、意外と本格的だ。彼が「以前使っていたものです」と用意した書物は古いものだった。
みるみるうちに、フェリシアは風水の知識を蓄えて行った。もとより、フェリシアは知識を蓄えることは好きだ。勉強の報酬について問えば、「あなたが笑っているだけで十分です」と答える。その返答にフェリシアは困ってしまった。
そして。学べば学ぶほど、魔導書店の内装は魔術的に良いものであると理解できた。
「ヨハンさんって、すごい方だったのね……」
別に変な人だとは思っていなかったが。
「彼は貴女の事を相当気に入っていたようですね。以前は『店を畳む』とおっしゃってましたから」
くすくす、と、どこか面白そうにフロンスは笑う。
「そうなのですか?」
「ある日、急に『店を継ぐものを探す』と言い出しまして。それから間もなく、あなたがいらしたのですよ」
「そんなことが……」
聞いたこともない話だった。本来なら、この店は無くなるところだったのだ。それを、理由は不明だがヨハンの気が変わって引き継ぐ相手を募集した。その募集にフェリシアが申し込み、この通り魔導書店を受け継ぐことになった。不思議な縁だ。
「恐らく、管理人室にある本もヨハンさんの選りすぐりの本達でしょうから、たくさん読むと良いかもしれません」
「そうですね、目を通してみます」
ヨハンは、フェリシアが来ることを予想していたのだろうか。
求職窓口の話によれば、求人広告はフェリシアが来る1時間前に掲載したばかりだったという。
「(ヨハンさんは魔術師だもの。予想くらい、できたのかもしれないわ)」
フロンスとの勉強会が終わってから、フェリシアは改めて管理人室に置いてある本達を見る。
「……結界のつくり方や、設定方法、認識に関わる魔術……本当に、たくさんあるわね」
魔術は一度かけたら終わり、ではないのだ。長く使うためには、こまめに手入れをする必要がある。
フェリシアはこの魔導書店にかけられている魔術についても、たくさん学ばないといけないようだ。
「俄然、やる気が出てきたわね」
これから、魔導書店をフェリシア自身で運営しないといけないのだから。どれも必要な事だ。それに、今はもう元婚約者やその家族などに行動も制限されていない。好きな時に、好きなだけ魔術の勉強ができる。
「大変だけれど、楽しくなりそう」




