ホワイト・プリズン
上下左右前後、どこを見ても真っ白であった。いや、どこが左右でどこが前後なのか。手が届く範囲ですら白く掻き消す暴風雪が、絶え間なく吹き荒れている。
河原真吾は後悔していた。
何故、こんな日に外出してしまったのか。侮っていた。そのつもりは無かったが、自宅からコンビニまでの距離でこんなことになると思っていなかったのも事実だ。
河原がサイコーマート上春別店を出てから既に1時間が経っていた。河原の自宅とサイコーマート上春別店までの距離は500mほどである。天気が良い日なら徒歩で10分もかからない。
しかし、未だに自宅に着いていなかった。それどころか、自分がどこにいるのかもわからなかった。上下左右どこを見ても白しか見えない。膝下まで雪で埋まっていた。レジ袋のカツ丼とフライドチキンはとっくに冷たくなっている。
気象庁から数年に一度の猛吹雪が起こると発表されていた。同時に、不要不急の外出は控えてくれとも言っていた。
河原はマフラーを口元まで上げた。顔の感覚が寒さから痛みに変わりつつあった。河原はスマートフォンを自宅に置いてきたことを後悔していた。助けを呼ぶことも位置情報を調べることも出来ない。
深い雪から足を抜いて前に進む。雪がめくれて段ボール箱が出てきた。Awazon超お急ぎ便。そう書いてある。
河原はかがんで箱を開封する。背中に、雪が当たり続ける。
中には円筒状の缶が入っていた。「かんたんピンクのろし」そう書いてあった。狼煙か、なるほど。河原は膝を打った。自分の位置がわからなければ、こちらから知らせれば良いのだ。
河原は早速缶のプルタブを開けて、地面に置いた。雪を手で固めて倒れないようにする。
ほどなくして、缶から煙が勢いよく立ち上る。ピンクの鮮やかな煙だ。
河原は煙を眺めていた。吹雪は弱まる気配が無い。狼煙がどこまで昇っているかは雪の幕に遮られて見えなかった。体温は更に冷えていた。手をすり合わせて、足を小刻みに動かしながら眺めていた。
10分ほど経過した。
煙は止まっていた。何も音沙汰は無い。河原はため息を吐いた。そもそも、こんな吹雪で狼煙なんか見えるわけがないのだ。
河原が缶を片付けてると、箱が足に当たった。Awazon超お急ぎ便。そう書いてある。今度は少し大きな直方体の箱だ。
かじかむ手で開封すると。テントが入っていた。なるほど。河原はマフラーの下で笑みを浮かべる。無理に動いて体力を消耗するくらいなら、この場で待機していれば良いのだ。
河原は破るように箱を開けて中身を取り出す。
まず、骨組を組み立てる。2~4人用と書いてあるが、思った以上に部品が多い。説明書と部品を交互に見る。説明書は暴風でばさばさと揺れて、見るだけでも一苦労だ。まずはポールを組み立てて地面に並べる。
河原は焦っていた。地面に置いたばかりのポールに、もううっすらと雪が積もっている。
河原はインナーテントを取り出す。部屋になる部分の布地だ。各部にポールを通し、ペグで固定する。
最後にフライシートを上にかぶせたら完成だ。河原はインナーテントの上に乗せる。
突風。雪原に吹き抜けた。粉雪が舞い上がる。河原は雪の上に転げる。
「あっ!」
手を伸ばす。空を切る。テントが宙に舞っていた。固定していたペグごと、テントが吹き飛ばされる。追いかける間も無かった。すぐに、猛吹雪の中へ消えていった。
「クソッ!」
河原は雪を蹴飛ばす。蹴飛ばされた雪は散らばり、白嵐の中に溶けていく。
削れた雪から箱が覗いていた。Awazon超お急ぎ便。そう書いてある。
河原は涙目で箱を開けた。声が出た。テントサウナが入っていた。ワンタッチで組み立てられるものだ。
河原はさっそく開ける。河原の背丈よりやや高いテントが一瞬で組み上がる。
河原は急いで中に入り、薪ストーブを着火する。火が燃え始めたところで付属の石をストーブの上に乗せる。
中はすぐに暖かくなる。河原はレジ袋からカツ丼を出して貪りつく。目から、涙がこぼれていた。カツオから丁寧にとった出汁をしっかりと吸い込んだカツの旨味が、口内に溢れていた。何度も何度も噛んだ。その度に旨味が溢れてくる。
容器はすぐに空になる。全身から汗が吹き出ていた。ここで河原は異変に気がついた。中が暑くなりすぎていたのだ。温度計を確認する。70℃まで上昇していた。
「これはヤバい!」
河原は外から雪を持ってきて、ストーブの上の石にかけた。雪は一瞬で蒸気に変わる。温度は下がらなかった。湿度が、一気に上る。河原は衣服を脱ぎ、パンツだけになる。顔が紅潮する。汗が一層吹き出てくる。
「もう無理!」
河原はテントから飛び出した。半裸のまま飛び出した。薪ストーブに火をつけるなよと作者は思っているし、読者もきっと思っている。河原は雪原を全力で走る。
視界に、火花が走った。河原の額に何かが当たった。それに気がついたのは、河原が仰向けに倒れてからだ。
上肢も下肢も胴体も雪に埋まっていた。火照った体が急激に冷やされていく。爽快感とお多幸感が立ち上って全身に広がっていく。ああ、整うってこういうことか。河原は冷静になっていく。
河原は立ち上がり、全身の雪を払う。額を手の甲で拭う。血がべっとりとついた。何に当たったのだろうか。前を見ると壁があり表札があった。「河原」と書いてある。河原の口の中に苦いものが広がる。
河原が試行錯誤をしていたのは、自宅の正面であった。




