三日月ロック その2(1/2)
計は湖の縁から颯爽と飛び降りると、水際の足場に着地した。三日月と伊藤もそれに続く。
この、さっぽろ湖には、水位がかなり下がったときにだけ現れる足場がある。岸壁には、湿っている箇所と乾いている箇所の境目が、くっきりとついていた。
「カー、この位置だ」
計は、背伸びをして岸壁を指差した。
伊藤が手のひらを当てる。岩が崩れ、穴が露出した。自動車1台くらいなら優に通れるほどの大きさである。それが、湖の岸壁に出現した。
三日月は大きく口を開けて感嘆する。
「こんなところに洞窟があったんですねえ」
札幌市立赤礼高等学校写真部の今日の部活動は、さっぽろ湖脇に隠されていた洞窟の中で行われる。
さっぽろ湖は定山渓ダム建造時に出来た人造湖である。ダムの貯水・放水によってその水位は顕著に変わる。
計は時計の8:45の表示を見て口の端を吊り上げた。予定通りに放水が行われていた。
「行くぞ。カー、三日月、ヘルメットを用意しろ」
計は長い黒髪を後ろで束ねると、ヘルメットをかぶりスイッチを入れる。強い光が灯り、洞窟の内部を照らし出す。Awazonで購入した探検用ヘルメットだ。
計は洞窟の入口に身軽に入っていく。伊藤と三日月もそれに続いた。
三日月は計の服装を後ろから眺めてにんまりと笑った。今日のコーディネートは上から下まですべて三日月が決めた。上は真紅のフリースで下はカーキのトレッキングスカートに紺のレギンスを合わせた。本人の細身の体型も相まって相性が抜群だ。計本人に自覚は無いが、かなり美人の部類ではないかと三日月は思っていた。
「どうした三日月、ものすごく視線を感じるんだが」
「え、あ、そうですか? 気のせいですよ、ははは……」
計は小首を傾げると前を向いた。
「先輩、今日はサッピーを見つけに来たんですよね?」
三日月は洞窟の内部をきょろきょろしながら進んでいた。
サッピーとは、さっぽろ湖周辺で目撃情報がある水棲生物だ。桜鱒を主食にしていて、ブラキオサウルスのような形状をしているらしい。写真に収められた例はまだ無い。
「サッピーはもちろん見つけるが、今日の狙いはノチウカムイだ。私の予想が正しければ、この奥にノチウカムイの手がかりがあるはずだ」
洞窟内はかなり広いようだ。声が、かなり遠くで反響している。
計はタブレットを確認しながら、軽い足取りで進んでいく。
「前々から気になってたんですけど、ノチウカムイってなんですか?」
「おいカー、話してないのか?」
「あっ」
三日月は振り返る。伊藤の「やべっ」っと口走った顔が照らされる。
「伊藤せんぱーい? この間廃病院行ったときに教えてくれるって言ってましたよねー?」
「ごめんごめん、忘れてたわ。でも三日月ちゃんも忘れてたろ?」
「……それはまあ」
廃病院に行った翌日は、撮影した画像の解析で大盛りあがりしてた。正体不明の影や光が多数写っていたのだ。
「ノチウカムイってのは、1万年ほど前にアイヌの人々を危機的状況から救ったなにかだと言われてる」
「なにか……抽象的ですねえ」
「具体的な形とか姿とかの情報は一切残っていない。ただ、北海道アイヌにも、樺太アイヌにも、千島アイヌにも、まったく同じ伝承が残っている。神話とか民話は、地域ごとに少しずつ変化してたり特色があったりするんだけど、ノチウカムイに関しては、どこもまったく一緒のことを言っている。まるで、みんなが同時に同じものを見たかのように」
「へえー、不思議なこともあるんですねえ」
やや、道が狭くなっていた。三日月と伊藤は少しだけ屈んで進む。
「ところで『危機的状況』ってなんなんですか?」
「『突如現れた災厄』としか情報はない。外的なものの可能性が高いんじゃないかなと俺は踏んでいる。ウイルスか、外来生物か、隕石か」
「宇宙人とか!」
伊藤は曖昧に笑った。計が二股に別れた道を迷わず右に進む。通路は下に向かっていった。
「前々から疑問だったんですけど、伊藤先輩ってどうして『カー』なんですか?」
「カート・コバーンに似てるからだ」
計は前を向いたまま言った。
「かーとこばーん? てっきり下の名前からかと」
「Nirvanaってバンドのボーカルだ。聴いておけ」
三日月はスマートフォンの上で指を滑らせる。カート・コバーン。検索する。端正な顔立ちの外国人が出てきた。伊藤と顔を見比べる。
「確かに雰囲気は似てる……ような……?」
「似てねーよ。カート・コバーンに失礼だ。つーかどうして『カート』じゃないんですか?」
「カーの方が呼びやすいだろ。ディクスン・カーっぽさもあるし」
「いや、適当すぎないですかね、伊藤計先輩」
「私の名字を呼ぶな」
計は露骨に顔を顰めた。
「北海道で一番かっこいい名字だと思うんだけどなあ」
「私もそう思います! ファイターズの伊藤監督ってあの歳なのにスタイル維持しててかっこいいですよね!」
「三日月ちゃんはわかってるなー。ですって、伊藤先輩」
「カー、次それで呼んだら殴るぞ。私はこの平々凡々な名字が心底嫌なんだ」
3人は休むことなく延々と歩き続けた。道中、何回か分かれ道に当たったが、計は少しも迷うことなく進んだ。三日月と伊藤も離れずついて行く。
三日月は、肩越しに計の操作するタブレットを覗き込んだ。地図のようなものが表示されていた。以前伊藤から聞いた話によると、レーザーや音波を飛ばして、自動でマッピングする機能があるらしい。
時計の表示が目に入る。11時ちょうどだった。
「ほえー、私たち、もう2時間も歩いていたんですねえ」
「三日月ちゃん、休憩入れなくて大丈夫?」
「私は大丈夫です。体力はあるので」
三日月は「あっ」と口を開けた。
「そう言えばのんびり探索してて大丈夫なんですか? さっぽろ湖の水位が上がったら水没しちゃうんじゃないですか?」
「それを今聞くのか」
計は無表情のまま答える。
「まず、予定帰還時刻は14時30分だ。そして、ここが水没する、つまりさっぽろ湖の水位が危険域まで上がるのは、楽観的に見て23時、悲観的に見ても16時の予想だ。つまり、低く見積もっても2時間30分は余裕がある」
「それなら安心してサッピーを探せますね」
「もちろんだ。ノチウカムイと同じくらい、そちらも大事だ」
それから更に10分ほど進むと、開けた場所に出た。暗くて端の方は見えないが、タブレットの表示によると、直径が10メートルほどの円状の広場になっているらしい。
「わー!」
三日月が声を上げる。遠くで反響する。
「カー、多分この辺だ」
計は変わらない足取りで、空間の中心に向かって歩いていく。この広場だけ、地面の凹凸が少なかった。三日月はかがんで手のひらで触れてみる。つるつると滑らかであった。まるで人の手によって研磨されたかのように。
「ありましたね」
伊藤が四角い石の塊を手のひらで叩いていた。台座のような形をしていた。明らかに人の手の入った、直線的な形の石だ。
真上から覗き込むと、鍵穴のようなものが見えた。
伊藤はリュックからナイフのようなものを取り出す。ナイフにしては随分と鞘の幅が広かった。三日月は中華包丁を連想する。鞘の側面に、星座のような5つの点が、Vの字を描くように配置されている。
「伊藤先輩、それは?」
「ノチウマキリといって、ノチウカムイに近づくための鍵のようなもの……らしい」
「ノチウ……」
伊藤はゆっくりと鞘を抜いた。
その刀身は、小刀と言うよりは、まさに鍵といった形をしていた。稲妻のようにジグザグに折れ曲がっているのだ。
伊藤は、その刀身をゆっくりと台座の穴に入れる。光が走る。
「うわわわっ!」
三日月はたじろぐ。
この広大な空間の全体図がはっきり見えるほど、強い光が台座から放たれた。反射的に目を覆う。地面が揺れる。
数秒が経った。三日月はゆっくりと目を開ける。台座からは淡い光が放たれていた。
「成功っすね」
「ああ、ようやく3箇所目だ」
伊藤と計は台座を見て頷いていた。三日月は小首を傾げる。
「……説明してもらって良いですか?」
計は口元を緩める。
「ノチウカムイの元へ行くためには、5箇所の台座にノチウマキリを挿す必要があるらしい。そうすればノチウカムイへ続く道が開けるらしい。で、その場所は札幌市内にあるらしい」
「らしいばっかじゃないですかあ」
「少なくともここ3000年くらいは誰も起動してないらしいからな。情報が無さすぎる」
「そもそも、なんで『世界を救う』なんてものを起動しようとしてるんですか?」
「それはだな――」
アラームが響き渡る。三日月は硬直する。タブレットから強い音が鳴っていた。計が眉を潜める。
「不味いぞ、さっぽろ湖の水位が急激に上がっている」
「ということは……」
「このままだと90分でここは水没する」
「ええーっ!?」
三日月の足に何かが当たった。
Awazon超お急ぎ便の箱があった。




