Vague Hot Story
関真奈斗が段ボールの底に見つけたのは黒い直方体であった。
「なんだこれ?」
真奈斗は手を返しながら、手のひらより一回り大きいくらいの直方体を色々な角度から眺める。
広い面の片方に窪みのような物がある。ひっくり返すと透明な窓がついていた。そこからフィルムのような物が覗くが、それが何を意味するかは想像がつかなかった。
横にはラベルと思われるものが貼られているが、経年劣化のためか、文字がかすれていて判別できなかった。かろうじて「LIVE」の文字だけが読み取れた。Awazon超お急ぎ便の箱が真奈斗の足下に出現する。
「おい関、ちゃんと整理してるか?」
「げ、ミアちゃん」
「城崎先生、だ!」
城崎宮子が、入口で目を釣り上げていた。
「どうせサボってるだろうと思ったら案の定」
「ちげーって、ちゃんとやってたって」
旧校舎の一室であった。かつては教室だったその場所は、今は軽音楽部の物置になっていた。何が入っているかわからない段ボールが乱雑に積み重ねられており、埃が堆積していた。
真奈斗は軽音楽部員で唯一、中間テストで赤点を取った。よりによって城崎が担当する日本史でだ。その罰として、軽音楽部の物置の清掃を命じられていた。
「まあ、思ったよりは進んでるな。全体の1/10くらいか」
「だろー? これくらいで勘弁してよー。全部片付けるってなったら年明けちゃうよ」
「お前は掃除に半年もかけるのか……ってなんでビデオなんて持ってるんだ?」
城崎は真奈斗の手元を見る。
「……びでお?」
真奈斗はきょとんとした顔で城崎を見る。
「バッ、お、おま、お前、ビデオを知らないのか!?」
「名前は聞いたことあるけど……」
城崎は狼狽えていた。
真奈斗はふと思い出して、出現していたAwazon超お急ぎ便の箱を開ける。テレビだ。やけにずんぐりむっくりとしたフォルムの分厚いテレビだ。よく見ると上部に長方形の穴が開いていた。何かの機械を入れて操作するような。
「じーちゃんの家で遊んだスーファミみたいだな」
城崎は口を開けてわなわなと震えていた。
真奈斗は手に持っている黒い箱と、テレビについている穴を見比べる。
「……もしかして」
真奈斗はテレビのプラグをコンセントに差す。スイッチを入れると、鈍い音と共に画面が起動し、砂嵐が映る。上部の穴に黒い箱を入れる。するすると、吸い込まれるように入っていった。
画面が暗転して、音が消える。
「……関、これはなんのビデオだ?」
「俺に聞かないでよ。なんたらライブって書いてたよ。昔の軽音のライブじゃね?」
画面が切り替わる。
アンプとドラムセットが映る。後ろに穴の空いた壁があり、音楽家の肖像画が飾られていた。どうやら過去の音楽室のようだ。
「やっぱライブか。どんなの流行ってたんだろ」
ドアに、視点が移る。勢いよく開く。
「ん?」
「あっ」
髪を逆立て、黒い衣装に身を包み、派手な化粧をした4人組が出てくる。
「関っ! 今すぐそれを消せっ!」
城崎がテレビに飛びかかる。真奈斗はとっさに横に動いてブロックする。
「関ぃぃぃぃ! 先生の言う事を聞けっ!」
画面上の4人は機材をスタンバイする。ハイハットが4回鳴らされる。
『迷える奴隷たちよ、サバトへようこそ!』
ギターボーカルの女が客を煽る。歓声が巻き起こる。カメラが視点を引く。観客は音楽室が埋まるほどにいた。普段の軽音楽部のライブは、部内の人間しか来ない。
『黒のbloody cross 魅せられてtiny rain』
客はみな頭を振っていた。
真奈斗は見入っていた。城崎はずっとテレビを止めようとしている。
『ギターソロいくぞおおおおおおお!』
『ミーア! ミーア! ミーア! ミーア!』
客から『ミア』コールが巻き起こる。真奈斗は振り返る。城崎と目が合う。
「ミアちゃんがミアちゃんって呼ばれてるのってひょっとして……」
城崎は視線を逸らす。
画面からは激しいギターソロが流れてくる。
指板の上で指が流れるように動く。6弦から1弦まで駆け抜けるスイープにタッピングを織り交ぜた、速く、激しく、テクニカルなソロだ。 ビデオを通した音は不鮮明だが、真奈斗の心を鋭く貫いた。
城崎が真奈斗の脇をすり抜ける。まっすぐに停止ボタンを押す。画面が、沈黙する。
「おい、関」
「……はい」
「お前は何も見なかった。良いな」
「いや、それは無理だわ」
Awazon超お急ぎ便の箱が出現する。宛名は、城崎宮子になってる。城崎の腰上くらいまである大きな箱だ。
「関、実力行使に出るぞ」
「ミアちゃん、いや、城崎先生!」
城崎は目を見開く。真奈斗が、地面に額をこすりつけていた。
「俺を弟子にしてください!」
「はあ!?」
Awazon超お急ぎ便の箱についていたテープが、剥がれ落ちる。蓋が、左右に開く。ギターがそこにあった。白いボディに黒いラインが入った、左右非対称のV字型のギターが。
「お願いします!」
真奈斗の大きな声が旧校舎に響く。
関真奈斗がプロのギタリストとして名を馳せるのは、もう少し先の話である。




