限りなく透明に近い課長
水田育恵は沈痛な面持ちで受話器を置いた。
顔色が蒼白になっていた。
「水田さん? どうされました?」
「退職代行会社を名乗るところから電話がかかってきて、倉本課長が今日付で退職されると……」
「……あの」
フロアが一気に騒然とする。
「え!? 倉本課長が!?」
「そんな!?」
「嘘だ! 入社して30年、ずっとこの会社のために身を粉にして働いてきた倉本課長がそんな無責任なことするわけない!」
「……あの」
混乱はやがて悲壮へと変わっていく。すすり泣く声すら聞こえてきた。
「倉本課長悩んでいたのかな……」
「最近元気無かったからな……」
「ミドルエイジクライシスかな……それに娘さんとも上手くいって無さそうだったし……」
「……あの」
Awazon超お急ぎ便の箱が次々と出現する。中から出てきたのは、双眼鏡、ドローン、自転車などだ。
「もしも倉本課長に何かあったら……」
「急いで探しに行きましょう!」
「よし、営業一課は東側、営業二課と事務課は西側を探そう」
「倉本課長、無事に見つかると良いんだけど……」
「大丈夫だよ、話せばわかってくれるさ」
「今こそ俺達が倉本課長の力になるんだ!」
「今までの恩を返すぞ!」
「おう!」
「……あの」
社員は一斉に外に飛び出した。
Awazon超お急ぎ便の箱がぽつんと現れる。握り拳ほどの小さな箱だ。
中にはお気に入りの紅茶の葉が入っていた。ちょうど切らしていたところだ。
「ふう……」
倉本は紅茶を飲んで一息つくと、人事部に電話した。
「営業課の倉本です。お疲れ様です。お忙しいところすみません。退職代行会社を名乗るところから私が退職するって連絡があったらしいですが、その予定はございませんので。はい。よろしくお願いいたします」




