アン・ラッキースケベ
「何も見てない! 僕は何も見てないから!」
陸翔は、すぐさまに顔を両手で覆って振り返ると、何かにつまづいて転んだ。
伏見結菜が心配そうな顔で見ていた。ずぶ濡れになった制服から素肌が透けて見えていた。
「陸翔くん大丈夫?」
「うん、僕は大丈夫だけどなんでこんなところに物が……ん?」
Awazon超お急ぎ便の箱がそこにあった。脛くらいまでの高さの箱だ。
陸翔は振り向かないように気をつけつつ、箱を開封した。アイマスクとバスタオルと赤いTシャツが入っていた。陸翔はすぐさまアイマスクを装着する。こんなときにこんな都合の良いものが現れて助かったと思った。そのためのAwazon超お急ぎ便であるのだが。
陸翔はアイマスクをつけたまま、勘だけを頼りに腕を出す。
「伏見さん、これを使って」
陸翔は結菜にバスタオルとTシャツを差し出す。
「ありがとう。さすが陸翔くん気が利くね!」
結菜は笑顔でそれを受け取った。その眩しい笑顔は、もちろん陸翔には見えていない。
放課後、図書委員の仕事を一緒にしている最中であった。資料を運んだ後、教室に戻ろうとしたら突然スプリンクラーが作動し、結菜だけをびしょびしょに濡らしたのだ。
陸翔の脳裏に、校則の「同意無しに異性の素肌を見た場合、停学または退学に処する」という一節が思い出される。不可抗力ではあるが、学校側がそうとはみなさない可能性はある。陸翔の背中に冷たいものが走る。
「伏見さん、拭けたかな?」
「結菜で良いよ」
陸翔は体を巡る血が熱くなっていくのを感じる。
「ゆ……結菜ちゃん……拭けた?」
「……うん」
陸翔はゆっくりとアイマスクを外す。
結菜の濡れて透けた制服が見えた。肌に張り付いた布地ごしに、空色のブラジャーが透けて見えた。結菜はTシャツに着替えてもいなかったしバスタオルで拭いてもいなかった。陸翔は慌てて振り返ろうとする。出来なかった。結菜が、陸翔の両腕をがっちりと掴んでいた。
「ゆゆゆ結菜ちゃん! それはまずいって」
細い腕だった。しかし陸翔は振りほどくことが出来なかった。
「大丈夫だよ陸翔くん。校則は『同意無しに』見ちゃダメってことだから」
「え……それってどういう……」
結菜は陸翔の腕を離した。そのまま一歩体を近づける。触れるか触れないかの位置だ。結菜の頬はわずかに紅潮していた。覗き込むように陸翔の目を見る。
「私、陸翔くんになら見られても良いんだよ」
結菜は陸翔の手を引くと、近くにあった部屋に入る。扉の上のプレートには「保健室」とある。
「この時間ね、先生いないんだ」
結菜は扉を閉めると後ろ手で鍵をかけた。体を押し付けるように陸翔に体重を預ける。羽のように軽い体だった。しかし陸翔はその力に抗うことが出来なかった。
陸翔は結菜に押されてどんどん後退していく。陸翔は何かに足がかかって後ろに倒れた。そこにベッドがあった。陸翔の体の上に結菜が乗る形になる。
「陸翔くん……」
結菜が顔を近づけてくる。Awazon超お急ぎ便の箱が傍らに置いてあった。小さな箱だ。結菜は切なげな表情を向けたまま、片手でその箱を開けた。
◇◆◇◆◇
陸翔はシャツのボタンを留めるとジャケットを羽織った。
まだ、夢見心地だった。まさか結菜とこんなことになるなんて。
結菜が、右腕を抱え込むように掴んでくる。
「陸翔くん、これからもよろしくね!」
「う、うん。よろしく結菜ちゃん」
箱が足下にあった。Awazon超お急ぎ便。そう書かれていた。開封するとバンテージが入っていた。10秒後に何が起こるのか予想がつかないが、とりあえず手に巻いた。
「じゃあ、出よっか。そろそろ先生戻ってくるだろうし」
結菜はシーツを綺麗にまとめると、Awazon超お急ぎ便の空き箱を小脇に抱えた。
「置いたままだったらバレちゃうからね」
結菜はくだけた笑みを見せた。今まで見てきた優等生の顔とは違う顔だった。
結菜は鍵を外して扉を開ける。男が立っていた。背が高くて筋肉質の男だ。黒いスーツに、胸元が大きく開いた赤いシャツを着ていた。学校にいて良い容姿には見えなかった。反社会的組織。その言葉が頭に浮かぶ。男は陸翔を睨みつける。額に、青筋が立っていた。
「てめえか、お嬢をキズモノにしたのは」
「原井……」
結菜が苦々しい顔をしていた。原井は、ぐいと陸翔に近づいてくる。
「俺はなあ、生まれてからずっとお嬢を見守ってきたんだよ。それをぽっと出のお前なんかによお」
「原井っ! やめなさい!」
拳。陸翔に向かって飛んでくる。陸翔は腕を交差する。原井が宙に舞う。原井は目を見開いた。何が起きたか理解が出来なかった。陸翔は原井の右腕を取る。背中から、叩きつける。
「ガフ……ッ」
原井は大きく痙攣すると意識を失った。陸翔は結菜の手を掴む。
「僕、覚悟は出来ているから」
結菜は無邪気な笑顔を陸翔に向けた。陸翔も笑顔で返した。
廊下に出ると、反社会的な顔ぶれがずらりと並んでいた。
陸翔は背中に結菜を誘導すると、両手を前に構えた。
少しも、負ける気がしなかった。




