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カミングアウト・ダンスホール

 風が吹き抜けた。アスファルトから、桜がふわりと舞い上がる。


「こんな日に花見か」


 服部は呟いた。澄み渡る青空に反して、気持ちは重い。

 服部が憂鬱なのは、せっかくの休日に社内花見大会をするからでもなく、その花見大会の幹事を務めさせられるからでもない。


「おはよう服部くん。君が幹事なら安心だね」

「課長、おはようございます!」


 課長の池田が声をかけてきた。服部は努めて元気に挨拶をする。池田の顔を見るとどうしても心中が曇る。

 池田は今日もぴっちり七三分けだ。そんな彼こそが服部の悩みの種であった。

 突風が吹いた。池田は、掌で頭を押さえる。服部の背筋に緊張が走る。


 会社をずっと支えてきた池田課長。部下みんなに慕われる池田課長。その池田課長のトレードマークの七三分け。それが偽物カツラだと、おそらく服部だけが気づいている。


 頭に偽物を乗せていると知ったのは、今日のように風の強い日だった。思えば、あの日も桜が咲き乱れていた。服部は見てしまったのだ。風の色を染める桜の花弁と一緒に、池田のカツラが宙を舞うのを。

 焼け野原、あるいは礫砂漠のような頭部であった。瞼の裏に鮮明に焼き付いている。

 このことは、同僚はもちろん、妻にすら打ち明けていない。

 服部はため息をついた。それにしても——


 Amazon超お急ぎ便の箱が出た。中身はカツラだ。10秒後。突風が吹いて池田のカツラがとばされる。服部がすぐさまカツラを乗せる。


 ——池田のカツラへの警戒心は薄い。


 風で飛ばされる。カツラを乗せる。

 カラスに奪われる。カツラを乗せる。

 放り投げて汗を拭きだす。カツラを乗せる。


 花見会場の丸山公園までの道のりは、常時そんな調子であった。


「服部くん、大丈夫かい? 息が上がってるよ?」

「い、いえ、大丈夫です」


 服部は慌てて汗を拭く。

 池田が部下に慕われるのは、こういう細かい気配り出来るからであるが、今の服部にとっては鬱陶しく思えた。

 自分の頭にも気を配ってくれ、つーか普通気づくだろ。その言葉は心中に留めた。


 会場に着いても気苦労は続いた。バーベキューコンロの準備は出来ているか。ゴザは準備出来ているか。池田のカツラは飛んでいないか。全員は到着しているか。池田のカツラは飛んでいないか。食材の準備は滞ってないか。着火は終わっているだろうか。池田のカツラは飛んでいないか。

 気が、休まらなかった。それでも服部は仔細抜かりなく準備を進めた。

 ようやく、乾杯の時間を迎える。

 社長のあいさつを終えると、服部はマイクを受け取る。次は服部による乾杯の音頭だ。


「それでは池田課長、乾杯の音頭をお願いします」

「えー、それでは僭越ながら私が」


 春一番。会場を激しく駆け抜けた。桜吹雪と共にカツラが舞った。参加者全員の視線が池田に、いや池田の頭頂部に集まった。禿頭とくとうが春の光を映して鮮やかに輝く。

 時間が、止まった。

 終わった。服部は眼を閉じた。

 耐え難いほどの静寂。服部の胸を締め付ける。


「課長」


 均衡を破ったのは、服部の同期の長谷川だった。


「私、がっかりしました」


 長谷川の目に涙が浮かんでいる。握り締めた拳が、震えていた。

 新しいAwazon超お急ぎ便の箱が、服部の側にあった。新しいカツラだろうか。しかし、何もかも手遅れだ。


「課長に嘘は似合いません!」


 長谷川がつかつかと近づいて、池田の頭を右手で横に払う。池田の生首が、足元に転がってきた。服部はぎょっとする。いや、生首ではなかった。髪のない頭だけが草むらの上に転がっていた。


「えっ」


 池田の方を見る。池田の頭部に、巨大なアフロが爆発していた。


「それが、それこそが、私たちの愛する池田課長です」


 長谷川が、涙を流していた。すすり泣く声が谺していた。服部が周りを見渡すと、みな泣いていた。


「私たち辛かったんです。課長が無理してるの見るところ」

「ありのままの課長でいてください」


 社員たちが次々と立ち上がって思いを述べる。熱が、籠もっていた。アフロの池田の眼にも、光るものが見えた。服部は唖然としていた。


「え? 何? 俺だけ知らなかったの?」


 服部の足下にAwazon超お急ぎ便の箱があった。全員が泣いているのをよそに開封する。ラジカセが入っていた。安っぽい煤けた茶色のプラスチックで作られていた。かなりレトロなデザインだ。

 全員の視線が、服部に刺さっていた。池田も、服部を見ていた。服部は狼狽する。視線が痛い。何だこれは、俺が押さないといけない流れなのか。服部の背中にぬるい汗が滲む。服部は雰囲気に急かされるように、再生ボタンを押した。

 跳ねたリズム、軽快なカッティング、唸るスラップ。ファンキーな雰囲気が漂う、70年代のディスコミュージックだ。

 全員が立ち上がって踊り出した。軽快に、切れ味鋭く踊っていた。服部だけが、立ち上がらなかった。いや、立ち上がれなかった。

 蒼空の下、桜の渦中。そこに、在りし日のディスコ・ムーヴメントが形成されていた。

 池田も、広葉樹のようなアフロを揺らして、踊っていた。


 服部は、使い捨てコップに入っているビールを一気にあおった。

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