ハードボイルド イズ デッド
「あの、ウチは煙草はちょっと」
梶は、ライターを持つ手を止めた。
「先週から禁煙になったので」
新入りのバーテンダーだった。梶はライターを懐にしまうと、咥えていた煙草と、代金をカウンターに置いた。1杯目のジントニックは、まだ半分ほど残っていた。
席を立つ。古株の方のバーテンダーが慌てて何か言っていたが、聞く気にはなれなかった。興がすっかり冷めてしまっていた。
外は、小雨が降っていた。大通りをゆっくりと歩く。清潔な色のビルばかりが目につく。この辺りもすっかり綺麗になってしまった。街並だけでは無い、人の目もそうだ。以前はもっとギラギラしていた。今の札幌の水は清らかで、温い。
ツマミと酒を買いにサイコーマートに入る。見慣れた顔が、レジに立っていた。
「お久しぶりです」
向こうから、声をかけてきた。最後に会ったのは5年前だろうか。あの頃に比べると、顔立ち、特に目が柔和になっていた。
客は梶しかいなかった。お気楽なBGMが、沈黙を埋めていた。
「職場、辞めたのか」
「はい、3年前に」
理由は、聞かなかった。生半可な覚悟で辞められるものでは無い。相当な何かがあったのだろう。ただ、その柔らかな表情を見れば、大体の察しはついた。かつて命を奪りあったとは思えないほど、穏やかな視線を梶に向けていた。
梶は、ビールとフライドチキンと厚焼き玉子を買った。男の態度は、徹頭徹尾丁寧であった。そうなるには、相当の努力をしたのだろう。お釣りを差し出す手に、小指は無かった。
小雨はまだ降り続いていた。Awazon超お急ぎ便の箱が出現する。これも、札幌の水を温くしているような気がした。一旦、それを懐にしまう。
煙草の箱を傾ける。何も、出てこなかった。
Awazon超お急ぎ便の箱を開けて、梶は苦笑した。電子タバコが入っていた。
「無いよりはマシか」
梶は独りごちる。咥えて、ボタンを押す。玩具のような味がした。
息を細く吐く。煙が、夜の街に溶けて消えていった。




