マッチポンプ
松本ははペダルを踏み込んだ。
競技用自転車は下り坂を更に加速し、路線バスを追い抜いていく。
いつもの山道、いつもの練習路である。何百回と走ってきた。
車通りがあまりなく、起伏が激しいため、自転車の訓練にはうってつけの道だ。
勾配が平行になった辺りで、目印にしている「落石注意」の看板が出てきた。ちょうど中間の地点である。視線だけを動かして時計を一瞥する。2時間59分。いつもなら3時間5分台で通過している。
今日は調子が良い。松本がそう思った瞬間、タイヤに何かが当たった。車体が前につんのめる。体が、宙を舞う。
松本は、背中からアスファルトに落ち、地面を跳ねながら転がっていく。
「……痛ってー」
松本は体の動きを確認しながら立ち上がる。全身に擦過傷ができていた。スーツもあちこちが破けていた。しかし、派手に転げ落ちはしたが、骨折は無さそうだ。折れていたら立ち上がることは出来ない。
自転車は、前輪が大きくひしゃげていた。自走が可能かどうかは確かめるまでもなかった。
後ろを見る。何かに躓いた地点にAwazon超お急ぎ便の箱があった。
「なんでこんなタイミングで!」
松本は力任せに箱を開ける。かなり大きな箱だ。中には、自転車の車輪が入っていた。
「なんでだよ!」
松本は箱を地面に叩きつける。車輪を送りつけて車輪を壊すなんて、マッチポンプも良いところだ。こんなことで金を取られるのか。松本はスマートフォンからAwazonの問い合わせフォームを開く。
「ぜってえ許さねえからな」
書ける限りのクレームを書いてやる。松本は指を走らせる。
クラクションが鳴る。松本ははっとする。路線バスがすぐそこに止まっていた。松本は軽く頭を下げて、スマートフォンをしまおうとする。
「……ん?」
ぱらぱらと何かが頭に落ちてきた。上を見る。小石が、振ってきていた。
地鳴りが起こる。地面が上下に激しく揺れる。松本はその場にしゃがみ込んだ。立っていられない。
松本は驚愕した。土石流が、目の前を流れていく。大樹の束を巻き込みながら、地面が滑り落ちていく。
松本の背中が寒くなる。もし、立ち止まらずに進んでいたとしたら――
松本はAwazonの問い合わせフォームを閉じた。




