サプライズ "B" ルール
旭香は息を潜めて草むらの陰に隠れていた。
欠伸を噛み殺す。時刻は深夜2時。いつもなら当然寝ている時間だ。
ここ数日、近隣でメロンの盗難が相次いでいた。定点カメラには2人の影が写っていたが、映像が不鮮明な上に覆面をかぶっており、正体を特定するには至らなかった。
旭香は、金属バットを握る手に力を入れる。
父には「警察に任せておけ」と言われたが、どうしてもじっとしていられなかった。自分の家の畑を荒らされたわけではないが、メロンを作ることの大変さは身をもって知っていた。
更に30分が経った。草木が風で擦れ合う音だけが聞こえていた。
「今日は現れないか……」
旭香は小声でつぶやく。
帰ろうとしたその時である、草木のざわめきの中に、雑音が混じっていた。旭香の額から汗が垂れる。足音だ。動物のものではない。旭香は息を殺してその方向へ向かう。
男が、2人いた。月光に刃が閃く。青果ハサミが男たちの手元にあった。旭香の胸がぎゅっと締め付けられる。男たちは慣れた手つきで、メロンの茎にハサミを入れる。
旭香は飛び出そうとする。Awazon超お急ぎ便の箱が出現する。
(ああもうっ! こんな時にっ!)
箱を開ける。すぐに旭香は後悔する。中には鮭が入っていた。10秒後に必要なものとは思えなかった。
顔を上げる。男たちと目があった。男たちは脱兎のごとく逃げ出す。
「ま、待って!」
旭香は追いかける。鮭を持ったまま追いかける。鮭は新鮮で、旭香の手の中でぴちぴちと跳ねる。
男たちの逃げ足は速い。背中が、みるみる遠くなる。必死に足を動かすが、距離はどんどん離されていく。旭香の眼に涙が滲む。
畑の脇に軽トラックが停められていた。荷台にメロンが敷き詰められていた。男たちは車に乗り込むと、すぐにアクセルを踏む。
「返して……返してよ!」
旭香は叫ぶ。軽トラックは止まらない。加速し、地平線へ消えていく――
――瞬間、大きな音がした。何かが衝突するような。
旭香は急いで音の方へ向かう。軽トラックのフロントが、紙くずのように潰れていた。車体の正面に、巨大な黒い影が立っていた。
「ひ、ひいいいい!」
男たちがほうほうの体で外に出る。
影は、右手と左手で男たちをそれぞれ掴む。そのまま持ち上げ地面に叩きつけた。何度も何度も何度も叩きつけた。その後に乱雑に放り投げると、今度は足で蹴った。何度も何度も何度も蹴り飛ばした。
やがて男たちが動かなくなると、影はどこからともなくロープを取り出し縛った。
旭香は「どうやって?」と思ったが口には出せなかった。恐怖が、疑問を遥かに上回っていた。
影は、男たちを差し出すように旭香の前に置いた。
知ってる人間の可能性もあるが、判断は出来なかった。顔がボコボコに腫れており、目も鼻も埋まっていた。
「警察へのご連絡はお任せいたします」
耳に心地よいバリトンヴォイスであった。影はまっすぐに旭香を見た。その眼は巨大な体格に対して小さく、意外と温和そうに見えた。
「それでは私は自宅に戻りますので」
「待ってください!」
旭香は声を上げた。疑問はいくらでもあった。どうして助けてくれたのか、どうしてロープを扱えるのか、どうして言葉を話せるのか。
しかし、そんなことより先に言うべきことがあった。言いたいことがあった。旭香が小さい頃から両親にしなさいと言われていたことだ。
旭香は、鮭を両手で差し出した。
「ありがとうございました!」
ヒグマはにっこりと笑うと、一礼して鮭を受け取った。




