「大衆食堂しらいし」
一目惚れだった。
白石がこの街に移住することを決めたのは、この海を見た瞬間であった。
強い青が、果てしなく広がっていた。瞳から染み込んで、心まで染めるような紺碧。それがオホーツクの海であった。
カフェ「ピエトラ・ビアンカ」は、オホーツク海を望む海岸沿いにある。
白色の壁に橙色の屋根は、アマルフィを意識した白石のこだわりだ。
テラスのドアを開け放ち、潮風を全身に浴びる。雲ひとつない青空と、抜けるような蒼海が広がっていた。白石の頬が緩む。景色も、店も、何もかも理想的だ。
店内の清掃は済んでいた。在庫も問題ない。ケーキもすぐに出せる状態になっている。
白石は豆を挽きながら客を待つ。音楽はかけなかった。窓からそよぐ風の音、それだけで十分だ。
時計は7時ちょうどを指していた。ピエトラ・ビアンカは、この町の人間のライフスタイルに合わせて、早朝から営業している。
ドアのベルが鳴る。今日最初の客が入ってくる。
白石の手元にAwazon超お急ぎ便の箱が出現する。
「おう大将! カツ丼3つ!」
漁師の金村だ。若い男を2人引き連れていた。
「ここはカフェなんですが……」
「おう! 味濃いめで頼む!」
白石はふうと息を吐く。Awazon超お急ぎ便の箱には、豚のロース肉が入っていた。鹿追町産のものだ。
キッチンに立ち、フライパンに出汁を入れ火にかける。その間に、ロース肉の筋を切って、手早く玉ねぎを刻む。玉ねぎは、サラダやサンドイッチのために常に在庫している。
「コーヒーはいかがですか?」
「おう! 瓶ビール3つ頼む!」
「……」
ふつふつと泡立ちはじめた出汁に、玉ねぎを入れる。冷蔵庫から「カムイクラシック」の瓶を取り出し、コップと共にカウンターに出す。豚ロース肉にパン粉付けして、フライヤーに放り込む。
「ここのカツ丼が本当に美味いんだよ。たくさん食えよ」
「あざっす!」
若者が、金村のコップにビールを注ぐ。おおかた、同じ船の新人といったところか。
「お待たせしました」
白石がカウンターにカツ丼を乗せる。それと同時にドアのベルが鳴り、Awazon超お急ぎ便の箱が出現する。ジャガイモ農家の森崎が入口に立っていた。見知らぬ顔を連れていた。
「大将、カキフライ定食!」
「じゃあ俺もそれで!」
Awazonの箱を開けると案の定カキが入っていた。厚岸産のものだ。
「ご一緒にコーヒーは……」
「瓶ビールくれ!」
「俺も俺も!」
2人はテラス席に腰掛けた。昨日の競馬について話しているようだ。カウンターにも聞こえるくらいの声だ。
カキにパン粉をつけてフライヤーに放り込むと、またドアのベルが鳴る。漁師の今野だ。金村を見ると片手を上げる。
「おう、金さん! 今日もいるねえ!」
「今さんも毎日来てるじゃねえか!」
「大将の作るメシが美味いからな!」
「違えねえや!」
2人は豪快に笑った。白石は会話が聞こえていないフリをした。本当はマスターと呼ばれたいが、開店してこの方、客にそう呼ばれたことはない。
カキフライを引き上げる。鮮度が良いので、パン粉に火が入ったタイミングで引き上げる。
Awazon超お急ぎ便の箱が次々と出現する。漁師や農家、地元の企業の人間が続々と入ってくる。
裏口から、ゆっくりとした足取りで妻の小夜子が入ってきた。ひとつ大きな欠伸をし、エプロンとバンダナを着ける。
「今日も盛況だねえ。コーヒーは出てるかい? マスター?」
小夜子はニヤニヤと笑いながら白石を見る。白石は小夜子の問いかけには答えない。
「だから言ったんだよ、ここでカフェなんか開いたって流行らないって。ここに25年住んでる私が言ってるんだよ? そもそもこんなピエールなんちゃらなんて店名」
「ピエトラ・ビアンカだ」
「こんな田舎でそんなややこしい名前つけたって浸透しないんだから」
小夜子はトレイに手早くカキフライと味噌汁と米飯を乗せる。
「じゃあどんな名前にすりゃあ良いんだ」
「シンプルなので良いのよ。例えば――」




