誇らしげに祠
砕け散った石が散乱していた。
鈍い色が、堆積した落ち葉の上で存在感を放っていた。
北嶋の背中にじんわりと汗が滲む。Awazon超お急ぎ便の箱が出現するが、それどころではなかった。
「中野、お前まさか……祠壊したのか!?」
中野は泣きそうな顔で頷いた。
「ばっ……馬鹿野郎! 何してくれてんだよ!」
「ちょっとぶつかっただけだぞ? まさかそれで壊れるなんて……」
北嶋は中野の頬に向かって拳を振り抜いた。中野は地面に転がり、土と葉に塗れる。
北嶋は、心霊現象の類を一切信じていない。しかし、この祠は別だ。
過去、この祠に害を与えた人間は、例外なく災いが降り注いでいる。
ある者は下半身不随になり、ある者は原因不明の脳疾患に罹った。一族まとめて焼け死んだ事例もある。
災いは些細な粗相でも起こった。度胸試しで小石をぶつけて、その次の日に雷に打たれたのは北嶋と中野の同級生だ。その程度でも生死に関わる災いが起きるのに、破壊などしたら何が起こるかわかったものではない。
「なあ北嶋、俺死んじゃうのかな!? 俺死んじゃうのかな!?」
北嶋は、すがりつく中野を無理矢理剥がした。過去の事例を鑑みれば、中野に何かあるだけで済めばまだ良い方だ。下手したら北嶋も、いや、村丸ごとが――
ここで北嶋はAwazon超お急ぎ便の箱が配送されていたのを思い出した。北嶋の腰ほどの大きさがある。随分と大きい。持ち上げようとしてみるが、ぴくりともしない。
開封する。中には、みっちりと煉瓦が詰まっていた。北嶋のこめかみに汗が伝う。
「まさかこれは……」
中野が、北嶋と箱を交互に見る。
「なあ北嶋、これは俺達で祠を作れってことか……?」
「そんな馬鹿な話あるかよ」
北嶋は吐き捨てた。しかし、現状にそれ以外の打開策があるだろうか。頭を必死に回転させるが、何も思いつかない。
日が、落ち始めていた。橙色の光が、箱の影を伸ばす。
中野は袖をまくった。
「よし、ここは俺に任せろ」
「……何を任せるんだよ」
「俺が何の仕事に就いてると思ってるんだ」
「大工と祠がどう関係あるんだよ」
「祠くらい、ちゃちゃっと作れるっつってんだよ」
言うと、中野は箱の中から次々と建材を取り出す。どうやら、煉瓦の他にコンクリートブロックやモルタルまで入っているようだ。
「俺がこの村を滅亡の危機から救ってやるよ」
北嶋は「誰のせいで」という言葉を飲み込んだ。
中野はコンクリートブロックを敷き、モルタルを詰めていく。その上に煉瓦を次々と積み上げていく。任せろと豪語するだけあって、手際は良い。淀みなく、建材が積み上がっていく。前面だけ開いた直方体を組み上げると、その上にアーチ状に石を組み、モルタルで固めていった。
「んじゃ、火入れをするぞ。北嶋、箱の中の薪を取ってくれ」
「火入れ? どうして加熱する必要があるんだよ」
「いや、火入れしないとモルタルが固まらないだろ」
中野がそう言うのなら、そうなのだろう。疑問は残ったが、北嶋は薪を渡す。
祠は上下二段に分かれていた。中野はその下段に薪を組み、焚付を入れて、ジッポで点火した。火は、あっという間に燃え上がり、祠を熱していく。
北嶋は正面から祠を見る。上下二段のスペースがあり、上段はアーチ状の屋根になっていた。北嶋のイメージにある「祠」とは、趣が異なっていた。
祠といえば仏閣のような形をしていることが多いが、目の前にある祠は今までに見たどの祠とも違う形状をしていた。しかしながら、何故かこの祠にはとてつもない既視感があった。北嶋は頭を捻る。Awazon超お急ぎ便の箱が出現する。ひと抱えほどの箱だ。
開封すると、小麦粉を水で練って円盤状に成形した物が入っていた。中野はおもむろにそれを取り出すと、同じ箱に入っていた、赤くてどろりとした液体を塗り、白い固形物を乗せ、更にその上に植物の葉を乗せる。
そうして完成した物を、先端が平らな板状になっている棒に乗せて祠の中に入れ――
「おい中野」
祠の中で、薪がぱちりと弾ける。
「これピザ窯じゃねーか!」
中野は目を見開く。
「ピザ窯じゃねーよ! 祠だよ!」
「じゃあなんでピザ焼いてるんだよ!」
「ピザじゃねーよ、ピッツァだよ! ピッツァ・マルゲリータだよ!」
「問題はそこじゃねえよ! ピザ生地にトマトソースとモッツァレラチーズとバジル乗せてんじゃねーよ! これどう見たって祠じゃねえだろ!」
「そんなのお前の主観だろうが!」
「客観だよ!」
「まあまあ、お若いの、喧嘩はよしなさい」
北嶋と中野は一斉に同じ方向を見た。老人が、立っていた。白いローブのようなものに身を包んだ老人が。
2人は戦慄する。少しも、気配を感じなかった。気がついたらそこにいた。
北嶋は恐る恐る口を開く。
「あ、あなた様はどちら様で……?」
「ワシ? そんなことより、それ、そろそろ食べ頃じゃないのか?」
老人はピザ窯を指した。
「あ、やべっ」
中野は慌ててピザを取り出す。熱気が生地の真上で揺らめいていた。焦げ目に偏りはあるが、よく焼けていた。チーズの表面にふつふつと泡が立ち、生地の縁に程よく焼き目が付いていた。香ばしい香りが漂ってくる。
老人はどこからともなく小刀を取り出し、手早く8等分にする。息で表面を冷まし、口に運ぶ。さくりと、ピザ生地を噛みしめる音がする。
「うむ、美味い。素材が良いのは勿論だが、火の入り方が良い。この祠の作りがしっかりしてるからだろうな」
「あ、有難き幸せにござりまするです」
「なんだその言葉使いは……」
しかし北嶋は、中野が思わず敬語を使ってしまう気持ちがわかってしまった。この老人にはそうさせる何かがある。
「……ところで、どなた様でしょうか?」
「あー、そうかそうか、最近人間の前に出ていなかったからなあ。ワシはこの村の柱だよ。いわゆる土着神ってやつだ」
「神様!? ということは……」
「ここの祠に住まわれていたのは……」
「そう、ワシ!」
老人は白い歯をのぞかせた。
「いやあ、しかし驚いたよ。ちょっと出かけてたら祠が壊れたって知らせが来て、慌てて帰ったらナイスな祠が建っているんだもの」
老人は2人の顔を交互に見た。北嶋と中野は苦笑いを浮かべる。
「しかし本当にナイスな祠だわ。ワシ、火の神なんだけど、それに相応しい作りだし。前のはどうにもジメっとして落ち着かなくてなあ」
老人はぺちぺちと屋根の部分を叩く。素手で触れられるような温度では無いはずだ。
「と、ところでご老人」
北嶋が尋ねる。その瞬間にAwazon超お急ぎ便の箱がまた出現する。
「もし、もしもですよ? もし、この祠を壊した人間を見つけたらどうします?」
老人は呵々大笑した。
「そりゃあもう、とっておきの呪いをかけるぞ。三日三晩かけてじわじわと内臓が腐るやつ。そんでもって、腹いせにこの村も滅ぼしちゃうかな」
北嶋と中野は、全身から血の気が引くのを感じる。
「じゃあワシ、100年くらい寝るから起こさないでね。起こされたら何するかわかんないかも」
老人はそう言うと、ふっと姿を消した。
北嶋と中野は、Awazon超お急ぎ便の箱から杭と有刺鉄線を取り出すと、急いで祠の周りをぐるりと囲った。




