物欲は雪のように
「ヒィィ! 誰か助けて!」
夜の廃遊園地に、治郎の悲鳴が響く。治郎は瓦礫だらけの道を必死に走る。大鉈を持った男が猛烈な速度で追いかけてきていた。
廃墟を探索していただけなのにどうしてこんな目に遭わなければならないのか。たまたま写真を撮った場所で人間が解体されてるなんて、思いもしなかった。
治郎は無我夢中で観覧車跡地の脇を駆け抜ける。この辺は遮蔽物が少なすぎる。一か八かショッピングビルに逃げ込んだ。
ビルはトランペットの内部のような、巨大な空間だった。中は薄暗く、視界は悪い。音が、良く響いた。後ろを振り向く余裕は無いが、追いかけてくる音が少しづつ近づいて来ていることは否が応でもわかった。息が上っていた。足も徐々に縺れてきた。机。足下に転がっていた。躓いて転げる。すぐさま起きようとして、治郎は絶望した。目の前は壁、行き止まりであった。
殺人鬼。視認できるほど近くにいた。治郎を袋小路に追い詰めたことを確認すると、走るのをやめ、一歩一歩踏みしめるように近づいてきた。
治郎はここまでの人生を悔やんだ。交友関係がほとんど無い彼の脳裏に浮かんだのは、溜まりに溜まった貯金残高。きっと、中古住宅くらいなら一括で買える。それを使わずしてここで死ぬのか。
頭の中に、欲しかったものが巡る。ゲーミングパソコン、TryStation5、ツヴァイフォーマー1/15フィギュア、高級ラブドール、写真集に漫画にCDにDVDにチェキ! 欲しい! 死ぬ前に欲しい! 治郎は力の限りに叫んだ。
殺人鬼は少しも動じなかった。大鉈を振りかぶり、振り下ろそうとしていた。その頭上に、無数の段ボールが落ちてきた。次々と殺人鬼を直撃する。治郎は突然の出来事に頭を抱えて動けなくなった。
しばらくして音が止んだ。治郎はおそるおそる目を開ける。殺人鬼がまさに目の前で仰向けに伸びていた。大小さまざまな箱が周辺に落ちていた。Awazon超お急ぎ便。そう書いてあった。
しばらく、呆けていた。心臓の動きが徐々にゆっくりになる。股間がじんわりと濡れていた。冷静さを取り戻した治郎は、殺人鬼をガムテープで縛ると、警察に連絡した。
程なくして警察が来た。サイレン音を聞くと、膝に力が入らなくなった。
床にぴったりと体を預ける。廃墟のコンクリートは一切の熱がなかった。
治郎はふうと息を吐く。支払額が幾らになるか、今はそれだけが恐ろしかった。




