ユリブレイカー
夏奈の放った鉄球が、不良の額に強かに直撃した。不良はそのまま真後ろに倒れた。
夏奈はすぐに武器を捨てて、柊と遥花の追跡を再開する。
長身でボーイッシュな柊と、小さくて愛くるしい遙花は、至高百合と呼ぶに相応しいと、夏奈は思う。
2人は、手を繋いで仲睦まじく歩いている。会話も弾んでいるようだ。柊のジャケットに仕掛けた盗聴器から、和気藹々とした空気が流れてくる。夏奈の息が、荒くなる。
柊から「遙花ちゃんと仲良くなりたい」と相談を受けてから1ヶ月。根回しを重ねに重ねて、ようやく2人きりでデートさせるところまで漕ぎ着けた。あとは、無事に柊が告白するところまで到れば、百合成立だ。
下弦の月が夜空に浮かんでいた。ささやかな街灯と共に、ほのかに道を照らしていた。天宮山頂上展望台までの道のりを、無事に守りきるのが、夏奈の使命であった。
天宮山は絶好のデートスポットであるが、それ故に不審者も多い。そんな百合破壊者に、2人の仲を蹂躙されるわけにはいかない。見つけ次第、即座に粛清する。忍び装束に身を包んだ夏奈は、2人をギリギリ視認できる位置から見守っていた。
Awazon超お急ぎ便の箱が出現した。夏奈はそれを1秒で解体する。
夏奈は盗聴器傍受用のイヤホン以外は、忍び装束しか身につけていなかった。下着すら着用していない。
なるべく身軽で追跡したい夏奈にとって、Awazon超お急ぎ便は、うってつけのサービスだ。必要な物が即座に用意される上に、危険察知装置の役目も果たしてくれる。箱の中身が、如実に未来の危機を語ってくれる。
箱の中には、薬の入った瓶が入っていた。
夏奈は、柊と遙花の前方100mに、男たちを発見した。柳田朔太郎とその仲間、合わせて3人だ。柳田は遙花の中学からの同級生で、遙花を手籠にしようと企んでいるのは調査済みであった。
薬を袖に染み込ませ、駆ける。柳田の背後を取り、袖を顔に押しつける。柳田はすぐに崩折れた。他の仲間もすぐにそうした。即座に全員を草むらに隠す。柊と遙花は、何も気がつかずに、通り過ぎていった。この間、およそ5秒であった。
夏奈は息一つ切らしていなかった。百合の為に、毎日2時間以上のトレーニングをしていた。
頂上まであと50m。そこでAwazon超お急ぎ便の箱が出現した。蜂蜜が入っていた。夏奈は首を捻る。
風が吹く。微かに獣の臭いを感じた。3時の方向に、羆がいた。羆は、柊と遙花を見ていた。夏奈の心臓が早鐘を打つ。
「こっちを見ろ!」
小石を羆の体に当てた。殺気が夏奈に向く。底の見えない黒い瞳がこちらに向いた。殺気。突き刺さる。夏奈の足が止まる。全身に粟が立っていた。羆は、ゆったりと夏奈の方に進んで来る。
羆の体長は、2mをゆうに超えていた。どうして蜂蜜が出たのか夏奈は理解した。彼我の実力差は半端な武器では埋まらない。背中に、脂汗が滲む。
夏奈は忍び装束を脱ぎ捨てた。全身がくまなく外気に晒される。羆は夏奈の様子を伺っていた。夏奈は、全身に蜂蜜を塗ったくって大の字に寝転んだ。
「さあ私を喰らうがいい! 心ゆくまで喰らうがいい! さあ! さあ!」
夏奈の目から、涙が滝のように流れていた。自分に出来ることは時間稼ぎしかない。柊と遙花の行末を見届けられないことが、無念であった。ただ、彼女たちの幸せの礎になれるなら本望であった。百合のために生き、そして死ねる。
羆の足が止まる。夏奈の行動を終始見て、一歩、後退った。そのまま、固着する。どれくらいの時間が経っただろうか。羆は、来た道に去っていった。
夏奈はおもむろに立ち上がる。涙を腕で拭う。顔まで、蜂蜜まみれになった。全裸のまま、2人がいる山頂まで走った。
天狗山の頂上からは、小樽市が一望できた。
三大夜景に数えられるこの風景は、宝石を散りばめたようで、まさに告白に相応しい。
柊が、遙花に向いていた。心臓の音が、こちらまで聞こえてきそうだった。
間に合って良かったと、夏奈は安堵した。イヤホンを押さえる。この距離で、ようやく音が入ってくる。
「遙花ちゃん」
柊の真剣な声がした。夏奈は思わず頬が緩む。
「私と付き合って欲しい」
夏奈の中でファンファーレが鳴った。声が出そうになった。いや、出ていた。無理矢理口を塞いで押さえた。くぐもった、気持ちの悪い音がした。
返事を、返事を早く。夏奈は願った。しかし、なかなか聞こえない。様子がおかしい。夏奈が遙花の方を見ると、浮かない顔で俯いていた。
「ごめんなさい」
夏奈は耳を疑った。勝利は約束されていたはずなのに。
「私、夏奈ちゃんが好きなの」
夏奈は後頭部を鈍器で殴られたような衝撃を受けた。
遙花は、しっかりと柊を見て言った。柊は微かに口元を緩めた。あたかも、こうなることがわかっていたかのように。
夏奈は、急いでその場を去り、森の中へ走った。
「死ななきゃ、死ななきゃ」
夏奈は全裸で蹲ってAwazon超お急ぎ便の到着を待った。
百合破壊者粛清者だったはずの自分が、百合破壊者だったなんて。
震えが、止まらなかった。知らずうちに、神に仇なしていたのだ。
嗚咽を、必死に押し殺した。
Awazon超お急ぎ便は、いつまで経っても届かなかった。




