卒業ライブ(or DIE)
「今日でわたし、楠木あやかは、アイドル活動を卒業します!」
「以前より交際していた男性と、結婚します!」
「そして、わたしのお腹の中には……新しい命が宿っています」
ぴたりと、全ての音が止まった。
マイクノイズだけが、微かに聞こえていた。
観客はみな、口をあんぐりと開けて固まっていた。
彦一も同様であった。開いた口が、塞がらなかった。突然の発表。何を言っているか、全く理解が出来なかった。
500人の観客がいた。全員の手元に、Awazon超お急ぎ便の箱が出現した。
彦一の頭の中に、楠木あやかの思い出が駆け巡る。
出会いは、ショッピングモールの無料ライブであった。
不安定な音程。たどたどしいステップ。しかし、一生懸命な笑顔が眩しかった。その笑顔に、彦一の心は鮮やかに貫かれた。すぐにCDを買って、握手会に参加した。彦一しか、参加者がいなかった。それでも懸命に接するあーみんを見て、一生かけて応援すると誓った。
それからの日々は宝物だった。
ライブは参加できる限りは全て参戦した。
歌も踊りも日に日にクオリティが上がっていた。そこにあーみんの努力が垣間見えた。
最初は観客は10人もいなかった。それが日を追うごとに100人、200人と増え、会場の規模が大きくなっていくのが、自分のことのように嬉しかった。
CDはもちろん、グッズは全て買った。そのために、必死に仕事に励んだ。残業は積極的に引き受けた。
公式SNSは日々欠かさずチェックした。いつも我先にハートマークを押した。
「武道館を目指します!」と言ったときは、涙で前が見えなくなった。
あの日々の陰に、男がいたなんて。
寝食惜しんで応援してる合間に、男に抱かれていたなんて。
あーみんの困惑している姿が滲む。そこで、彦一は自分が泣いていることに気づく。
周りを見る。嗚咽を漏らすもの、怒りに震えるもの、未だに呆けているものなど、様々であった。
「ふざけるな!」
客の1人が叫ぶ。白い何かが放物線を描き、力なくステージ前に落ちて、砕けた。生卵だった。
それを皮切りに、客が次々に怒号を飛ばした。続々と物を投げた。
ゴムボール、ぬいぐるみ、カラーボール、石鹸——時にはあーみんに当たり、時には手前に落ちた。
彦一は自分の箱を開ける。そこで我に返った。
破裂音。会場中に響いた。再び、静寂が訪れる。会場にいる全員が、彦一の方を向いた。あーみんも、彦一を見ていた。
「おめでとう」
彦一の手には、クラッカーが握られていた。もう1発、放つ。
「おめでとう」
あーみんの目を見て、言った。そうだ、僕らが願っていたのは成功じゃなくて幸福だ。
「おめでとう」
もう1発放つと、彦一は膝から崩れた。もう、立っていられなかった。
「おめでとう!」
「あーみんおめでとう!」
怒気一色だった会場が、涙声で塗りつぶされる。皆が泣きながら、なんとか叫んだ。Awazon超お急ぎ便は箱が次々と出現する。その度にクラッカーの音と、祝福の咆哮が谺した。
あーみんも泣いていた。彦一は地面に突っ伏したまま動けなくなっていた。
——花びらを集めて翼にしよう それぞれの空に羽ばたくために
『桜wings』の大合唱が始まっていた。あーみんの代表曲だ。
彦一も顔を上げ、立ち上がり、声を張り上げた。
音程なんか知ったこっちゃなかった。ただ力任せに声を出し続けた。
卒業式には歌が必要だから。




